色々ある辞書、何が違う?飯間浩明氏に聞く「辞書の役割」

辞書の種類は様々、なぜ?

レポートや卒論、ES文など、文章を書く時には欠かせない国語辞典。愛用の1冊を持ち日常的に利用している塾生も多いことだろう。しかしながら、「読み比べ」をしたことはあるだろうか。国語辞典と一口に言っても、その種類は様々だ。『三省堂国語辞典』(通称『三国」)で著名な三省堂は、その他にも『新明解国語辞典』や『大辞林』、『デイリーコンサイス国語辞典』など、複数の国語辞典を出版している。一体何が違うのか。三省堂国語辞典編纂委員の1人である飯間浩明氏に話を聞いた。

編集方針の違い

「ことばの説明には1つの”正解”があるはずなのに、なぜこんなに多くの辞書があるのか。そう疑問に思う人も多いのでは」

まずは、語釈には普遍的な”正解”があるという認識を改める必要がある。語釈は、辞書の編集方針によって同じことばでも全く異なってくる。

例えば、「いちご」ということばは、『大辞林』と『三国』では語釈が全く異なる。

『大辞林第4版』

>バラ科の草本または小低木。オランダイチゴ・ノイチゴ・ヘビイチゴ・キイチゴなどの総称。一般には、栽培される多年草のオランダイチゴをいう。ストロベリー。

 

>『三省堂国語辞典第8版』

赤い、小形のくだもの。やわらかくて、表面にぶつぶつがある。すっぱくてあまく、ミルクの味と合う。

「『大辞林』の方は科学的で百科事典風ですね。『三国』の語釈は、理科のテストの答えにはふさわしくないかもしれませんが、皆さんが日常的に『いちご』と聞いて頭に思い浮かべるイメージを説明しています。『テーブルにあるいちご取って』なんて言われたときに、『ええと、いちごはバラ科で、草本または小低木の…』とは考えないはずです」

辞書によって、「専門的・科学的」「具体例の充実」「本質的な意味の描写」など編集方針はさまざまだ。『三国』が掲げるのは、「生活実感に合った語釈」。

「『ミルクの味と合う』なんて主観じゃないかと突っ込まれるかもしれませんが、他の果物との味の違いを表現したかったのです。りんごもぶどうも『甘くて酸っぱい』ですが、ミルクをかけて食べることはあまりありません。ところがいちごは『いちごミルク』としておなじみなので、差別化できると考えました。必ずしも主観的というわけではないんです」

こうした編集方針の違いは、想定する利用場面の違いによるという。収録語数が約8万語の『三国』に対して、20万語以上の『大辞林』は、多様な場面での利用が想定されている。古語や学術的な項目も多く、古典文学や学術論文を読む際にも用いることができる。

時代の「鏡」としての『三国』の強み

しかしながら、収録語数が多ければ多いほど良いというものでもない。辞書は大掛かりになればなるほど、アップデートが難しくなる。

「『三国』のような小型辞典は、見直しが比較的容易です。古語や学術用語よりも、日常的な言語生活で使われることばを重視して、多く載せています。新語や俗語にも目配りして、現代の日本語を描くことに努めています」

2022年1月に発行された『三国』の第8版には、コロナ禍による世相の変化を踏まえて書かれた語釈も登場する。例えば、「リモート」ということばだ。2014年発行の第7版からの変化は以下の通り。

第7版

>遠いこと。遠隔(エンカク)。「―スイッチ〔=リモートコントロールができるスイッチ〕」

 

第8版

> [一](造)はなれた所(ですること)。「―スイッチ〔略〕」[二]リモート((名・自サ))仕事・会合などを、インターネットでつないですること。また、その仕事・会合など。「―で会に参加・夜に―がある・―ワーク〔→テレワーク〕・―飲み会」〔二〇二〇年の新型コロナウィルス感染拡大をきっかけに広まった用法〕

こうした時代に合わせたことばの変化に対応しやすいのが『三国』の強みでもある。

SNS時代のことば

インターネットの普及からSNSの利用が拡大した時代にあって、現代のことばはますます多様化している。飯間氏は、これまで「チルい」「○○ガチャ」(2021年選考) といった今時のことばを広く募ってきた三省堂の恒例企画「今年の新語」の選考委員でもある。自身でもTwitterのアカウントを持ち、SNSで日々誕生する新語にも目を向ける。

「インターネットのことばは追いかけるのが大変です。昔は、若者ことばはマスコミで紹介される程度をカバーすればすんだかもしれない。でも、今はSNSで続々と注目すべきことばが生まれています。SNSにはさまざまなコミュニティがあり、それぞれ独自のことばを持つ。これをくまなく観察するのは恐ろしく大変です」

こうした時代にあって、全世代に向けて分かりやすい語釈を書くためにはいっそう工夫が必要になっている。ことばの理解には、高度な前提知識が必要な場合がある。

「『三国』の第8版では、『弾幕』ということばの意味の1つに『動画の上に、画面が見えなくなるほどたくさん表示された、視聴者のコメントの文字』という説明を書いています。ニコニコ動画を利用したことのない人には理解しにくいかもしれませんが、仕組みの説明に何行も費やすこともできないため、非常に苦労しました」

「ファクトチェック」を担う辞書

インターネットがもたらした変化はことばだけに留まらない。Googleを用いて、Wikipediaをはじめとしたインターネット上の辞典にアクセスすれば、漢字を調べたり、用法を調べたり、大抵のことは済んでしまう。飯間氏は、「紙の辞書が引き受ける役割は減った」とも語る。それでも残る紙辞書の意義とは一体何か。

「これからは、ファクトチェックが大事になってきます。ネットでは手軽に情報が得られる一方、間違いも多いですね。世の中に広まった説が必ずしも正しいとは限りません。私たちは『ここまでは確かに言えます』と、事実に基づいて説明したい。

例えば、『ホルモン焼き』の語源は、いらない肉で『放るもん』だから、という誤った説があります。実際には、昔は栄養のある料理に『ホルモン』を冠したのです。これは由来欄に記しました」

多様なスタンダードを伝える

同時に、飯間氏はファクトチェックと価値判断は全く別であることを強調する。「文法的に誤りとされがちな『ら抜きことば』も、方言としては昔から使われています。新聞など書きことばが求められる場面では「不適切」と言えますが、「誤り」ではありません」

事実でない説を否定することと、特定のことばを「誤り」と決めつけることは、似ているようで全く異なる。後者については、飯間氏は非常に慎重だ。

「ことばは、その個人、そのグループにとってのスタンダードがある。それらを尊重しつつ、事実を伝える。それが辞書のあるべき姿だと考えます」

(和田幸栞)