《塾員インタビュー》「体験したことを書いても、おもしろくない」 芥川賞作家 遠野遥さん

第163回芥川龍之介賞を自身2作目の『破局』で受賞した遠野遥さん。初の平成生まれ作家の受賞として、話題を呼んだ。慶大卒業生でもある遠野遥さんに小説執筆をテーマに話を聞いた。

 

【プロフィール】

遠野 遥(とおの はるか)
1991年、神奈川県生まれ。
慶應義塾大学法学部卒業。東京都在住。
2019年、『改良』で第56回文藝賞を受賞しデビュー。
2020年、『破局』で第163回芥川賞を受賞。

 

なんとなく始めた小説執筆

遠野さんは小説を書き始めたきっかけについて次のように語る。

「きっかけらしいきっかけはないです。大学時代、必要な単位をほとんど取り、卒業後の進路も決まって時間ができたのが最大の理由です」

小説執筆は事前の準備といった手間がかからないことも、学生時代の遠野さんの背中を押したという。

「もともとノートパソコンを持っていたし、読み書きもできたので、小説を書いてみることにしました。たとえば起業するとなるといろいろ準備が大変ですけど、小説は始めやすいですよね。つまり、『なんとなく始めた』というのがはじまりです」

慶大三田キャンパスの図書館の地下4階は小説を書くのに適しており、学生時代によく使っていたそうだ。そんな三田の図書館は、卒業してからも時々行っているのだという。

 

「小説を書く」ということ

小説執筆の際に、軸となる変わらない信念はあるのかと聞くと、遠野さんは首を横に振る。変わらない信念と言えば聞こえは良いが、変わらない信念のもと突き進むのは時に危険だと語る。

「変わらない信念など持たず、状況の変化にあわせ柔軟に対応すべきです。場合によっては小説を書かないことも含めて検討すべきだと思います」

著作につけるタイトルについても遠野さんの考えはぶれない。『改良』、『破局』とこれまでの自身の作品はタイトルが簡潔だが、「つけないといけないからつけているだけで、タイトルに思いを込めたりはしない」のだという。

「視力が低い人はコンタクトや眼鏡を必要としますが、普通はコンタクトや眼鏡に思いを込めたりしないですよね。それと同じです」

 

作品は完全な創作

芥川賞受賞作の「破局」中の登場人物は、人間的で豊かな印象を受ける読者も多いだろうが、彼らは完全に創作だ。自作の登場人物について遠野さんは次のように話す。

「私の小説の登場人物にモデルがいたことはありません。強いていえば(『破局』の)主人公は私と少し似ていると思いますが、違うところもたくさんあります。私は人を殴ったりしないし、裸で腕立て伏せをすることもないです」

そんな創作の楽しさをこう語る。

「自分が体験したことをテーマにしたら、書いていて何も面白くない。知らないことや体験していないことを考えながら書くのが楽しいんだと思います」

作品では「ぎんたま」や「ひようら」など、慶大日吉キャンパスになじみのある地名が登場するが、これは「書きやすかっただけで、慶應義塾でないといけなかった理由は何もない」のだという。とはいえ、「たまには日吉でラーメンを食べたりもしたいです」と母校の地への思いをはせる。

また、執筆の面白さとして、書評や読者の感想を読んでいると、予想していなかったようなことを言う読者が時々いて面白いのだという。

「デビュー作の『改良』の時はいろいろなことを無意識にやっていて、書評や読者の感想を読んでいると新鮮な発見がいくつかありました。どちらかといえば、『破局』のほうが色々なことを意図的に書いたので、書評や感想が想定の範囲内であることが増えました」

 

今後について

最後に、遠野さんの今後の作品の展望について聞いた。

「短期的には3作目をなるべく早く仕上げたいです。これは初めての長編で、内容的にも今までの2作とかなり異なってくると思います。中長期的には年に1作以上まとまった分量の小説を出し続け、とりあえず10年後も作家として書き続けていたいです」

 

鋭意執筆中だという3作目。遠野さんの作品をこれまで読んだことがある方もない方も、次の1冊に選んでみてはどうだろうか。

 

(植松遼太)

 

※写真撮影:橘蓮二