連日熱戦が繰り広げられているサッカーワールドカップ(W杯)ロシア大会。世界中の人々がテレビの前や会場で選手たちにエールを送る。

世界中の視線が集まる先、W杯という特別な舞台に立つことができるのは、まさに選ばれし者たちだ。簡単に立てる舞台ではない。W杯のピッチからはどんな景色が見えるのだろうか。

2011年7月17日、女子W杯ドイツ大会決勝、日本対アメリカの試合が行われた。アメリカ優位と予想されていたこの試合で、なでしこジャパンは偉業を成し遂げた。この大舞台で、過去に一度も勝ったことのないアメリカ相手にPK戦の末、勝利をおさめたのだ。W杯優勝は男女合わせて史上初の快挙である。そしてこの試合でMVPに輝いたのが、ゴールキーパーの海堀あゆみさんだ。

世界一になった瞬間を、海堀さんはこう振り返った。「正直、(世界一になったということは)あんまりわかっていなかったですね。とりあえず、アメリカに勝ったということしかわかっていなかったです。うれしかったけど、世界一という意識はその時はあまりなかったかな。とりあえず勝ててうれしいという感じでした」

PK戦までもつれ込んだ決勝戦。ゴールキーパーの海堀さんには、計り知れないプレッシャーがかかっていたと誰しもが思うだろう。しかし聞いてみると意外な答えが返ってきた。当時の心境は「流れ的には日本の方がPKに持ち込めたという流れだったので、あとは味方信じて自分たちがやってきたことや自分たちの力を信じるだけだった」と程よい緊張感だったそう。「キーパーは5本中何本か止められればいいじゃないですか。でもフィールドの人は1本でちゃんと決めないといけない。そう考えるとキーパーの方がプレッシャーは少ないと思います。キーパーの方が絶対有利だと思ってPK戦には臨んでいます」と意外な心境を話してくれた。結果として、2本のスーパーセーブを見せ日本を世界一に導いた。

現役時代の海堀さんにとって、W杯という舞台はサッカー選手としての通過点にすぎなかった。W杯は特別な場所ではなく、日々の練習や日々の試合の延長線上にあるもの。そしてW杯の先にもまだまだ試合は続いていく。W杯終了当時の心境について「W杯全体を通したら、結果も出ましたし、女子サッカーの分岐点にもなったと思うので、そういうところに立ち会えたのは今考えるとよかったなと思います。でもその当時はW杯で優勝した2か月後くらいにはロンドンオリンピックの予選があったので、(優勝した)その時はうれしかったですけど、次負けたら天から地獄へ落ちるみたいでその狭間にいたような感じでした」。現役時代は常に前を向いていた海堀さん。だからこそ、W杯優勝という実績を振り返ることはなく、次の目標に向かってひたすらに走っていた。

2015年シーズン終了後、海堀さんは現役引退を表明した。そして、一度サッカーを客観的に見るために、慶大総合政策学部へ入学した。慶大受験は、海堀さんが自分自身のことを振り返るきっかけになった。現役中は、常に先のことしか考えていなかった海堀さんだが、慶大の入試でW杯優勝や今までのサッカー選手人生についてたくさん書く中で、「初めてすごい事をやったんだなという実感がわいてきた」という。入学してからの海堀さんは、「この大学は本当に色んな人がいるじゃないですか。そういう人たちに出会ったり、イベント(サッカー教室など)をやる中で自分の『サッカーが好き』という気持ちを改めて感じることができています。現役の時は追い込まれていて、プレッシャーというのはすごくあったと思う。目に見えないプレッシャーとか。そういう意味では見失っていたことをもう一度確認することができました」と非常に充実した学生ライフを送っているのだとか。

W杯が海堀さんに与えたもの、それは気づきだ。「一言では言い表せないけど、こうやってたくさんの人に出会えたり、いろんな人の支えとかつながりをすごく教わった。W杯がなければ、今いる世界や見ている世界も違うと思いますし、本当にたくさんの気づきをくれたのかなって思う」

海堀さんにとってW杯はどんな舞台だったのか。「特別な場所ではあるけど、特別な場所ではない。サッカー選手としての通過点ではあったと思います。通過点の中で、自分の立ち位置を示してくれる場所でした。辞めてからは本当に特別な場所、特別な大会だと思います。オリンピックとW杯っていうのは特別な大会だなと、今はすごく感じています」と振り返った。

W杯のピッチからはどんな景色が見えるのか。それは、立った人間にとって言葉では言い表せないほどに価値のある景色だった。大舞台は同時に、人とのつながりや選手たちの人生を変えるような大事なことを教えてくれる場所なのかもしれない。

(鈴木里実)