【500号Project 教授×教授】TPPの現状を問う

経済学部教授 金子勝氏 ■ 金子 勝(かねこ まさる)  1952年生まれ。1975年東京大学卒。1980年東京大学社会科学研究所助手。1985年茨城大学人文学部助教授。1989年法政大学経済学部教授。2000年から、慶應義塾大学経済学部教授を務める。専門は財政学・制度経済学。主な著書に『セ-フティ-ネットの政治経済学』(筑摩新書)『閉塞経済―金融資本主義のゆくえ』(ちくま新書筑摩新書)『新・反グローバリズム』(岩波現代文庫)『原発は火力より高い』(岩波ブックレット)がある。
経済学部教授 金子勝氏
■ 金子 勝(かねこ まさる) 
1952年生まれ。1975年東京大学卒。1980年東京大学社会科学研究所助手。1985年茨城大学人文学部助教授。1989年法政大学経済学部教授。2000年から、慶應義塾大学経済学部教授を務める。専門は財政学・制度経済学。主な著書に『セ-フティ-ネットの政治経済学』(筑摩新書)『閉塞経済―金融資本主義のゆくえ』(ちくま新書筑摩新書)『新・反グローバリズム』(岩波現代文庫)『原発は火力より高い』(岩波ブックレット)がある。

安倍政権がTPPの交渉に意欲的だ。TPP交渉は、私たちの食に大きく関係する問題のため、考えなければならない問題の一つである。複数の視点から、この問題を考えるため、違う考えを持った教授同士に対談していただく。第2回の今回は、TPPについて経済学部教授の金子勝氏、慶應ビジネススクール(KBS)准教授の小幡績氏との対談を企画した。
(在間理樹)
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―TPPの現状についてどう思われますか

金子 関税の話にばかりになりがちだが、ルールをどこに合わせるかが重要だ。そもそも締結することが難しい。特に薬に関する知的所有権や国有企業問題は他の国との関係での折り合いが全くついておらず、テキストすらできていない。セーフガード(注1)もあるし、関税撤廃の期限(注2)も伸びている。それほどドラスティックに貿易が伸びることはないと思います。

小幡 僕も締結には大変困難が伴うとは思います。TPPにはまず国の発展度具合が合っていないし、どこも簡単に抜けられる状態。そのような状況で交渉はまとまらない。現実に交渉がまとまるかわからないので、デメリットがあるというよりは、リアリティが薄い。

金子 それに関係すると、オバマも11月の中間選挙(注3)に向けてTPP交渉で言質を取りたい。政治的には何かしらの進歩が欲しいというのが今のアメリカの狙いでしょう。

―TPP締結によって日本の農業は海外産に駆逐されてしまうのでしょうか

小幡 アメリカがどこまで譲歩するかでしょう。日米間の問題は農産品でなく自動車と保険です。米国が自動車を受け入れない限り交渉は進まない。実際にはすべての農産物の関税がゼロということではなく、個別の交渉になるでしょう。仮に関税が低くなっても、それに国内のニーズは国産志向が強い。外食用などを別にすれば、それほど脅威ではない。量的にはともかく金額的には日本の農業は成長産業でしょう。

金子 アメリカは豚肉の業界団体(注4)が強い。米韓FTAではやられてしまったので、豚に関しては必ず関税をゼロにするように言ってくるでしょう。そして豚肉の関税が相当に引き下げられれば、日本の養豚業にとどまりません。たとえば、現在、政府は豚の飼料にコメを使おうとしているが、豚がダメになればそうした政策も全て無駄になってしまう。妥協点も見つけにくい状態だと思いますよ。

KBS准教授 小幡績氏 ■ 小幡 績 (おばた せき) 1967年生まれ。1992年東京大学卒。大蔵省(現財務省)に入省、99年退職。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。2003年より慶應義塾大学ビジネススクール准教授。行動派経済学者として知られ、TV出演、雑誌への寄稿多数。2014年4月までGRIFの運用委員会委員を務める。主な著書に『GRIF 世界最大の機関投資家』(東洋経済新報社)『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『リフレはヤバい』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ハイブリッド・バブル』(ダイヤモンド社)、『成長戦略のまやかし』(PHP新書)がある。
KBS准教授 小幡績氏
■ 小幡 績 (おばた せき)
1967年生まれ。1992年東京大学卒。大蔵省(現財務省)に入省、99年退職。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。2003年より慶應義塾大学ビジネススクール准教授。行動派経済学者として知られ、TV出演、雑誌への寄稿多数。2014年4月までGRIFの運用委員会委員を務める。主な著書に『GRIF 世界最大の機関投資家』(東洋経済新報社)『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『リフレはヤバい』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ハイブリッド・バブル』(ダイヤモンド社)、『成長戦略のまやかし』(PHP新書)がある。

―日本の農産物は質が良いと海外にも知られています。TPPを逆に利用することはできないでしょうか

金子 まずアメリカは200㌶、オーストラリアは3000㌶で生産を行っている。規模で勝つのはまず不可能です。またコメにおいて、コストダウンの効果は日本の場合15㌶で止まってしまう。それに、福島の原発事故により安全に対する信用もなくなってしまったので、農産物の輸出は難しい状況だと思います。

小幡 個別で見ていけば成功している例は沢山ある。品目は限られているが、地方からシンガポールや香港に売り込んでいる所もある。潜在的に価値のある農産品はたくさんあるので、付加価値で勝負すれば、生産性は2倍、3倍まであげられる。東京と輸出と区別する必要がなく、可能性がある。

―中山間地をはじめとした、日本の零細な農業を守るにはどうしたらよいでしょうか

金子 土地が平らでないため機械化は難しいし、担い手に集約するにも限界がある。6次産業(注5)を行って、垂直的統合(注6)でコストを削減し、安全でそれなりの価格の商品を作るのが現実的な方法だ。

小幡 金子先生がおっしゃる通り、むしろ本当に苦しいところが頑張っていて、農協が中心になって工夫している。消費者もおいしいものにはそれなりのお金は出すはず。やれることはまだ沢山あると思います。関税がゼロになるから農業はすべてダメだ、ではなく個別の品目に絞った細かく丁寧な議論が必要になってくるでしょう。

金子 経済学の一般的な考え方では規模を拡大すればコストが下がり売れる。しかし、日本の農業については当てはまらない。地域で組織していろんな産業を組み合わせていかないと上手くいかないと思う。政府は大規模化すれば対抗できる、ということを喧伝しているが、大規模化によって、かえって農村の衰退が起こりうるかもしれない。

―食の安全の問題はどうでしょう

小幡 海外の農産品だけでなく、国産の食品も安全とは限らないので、これは別の議論です。

金子 アメリカは安全基準を下げようとしている。米韓FTAでは表示ルールを緩くして大問題になった。それに飼料には組み換え作物を使っているので、すべてを対策するのは難しい。表示ルールには特に気を付けなければいけないと思います。

金子 アメリカは安全基準を下げようとしている。米韓FTA(注7)では表示ルールを緩くして大問題になった。それに飼料には組み換え作物を使っているので、すべてを対策するのは難しい。表示ルールには特に気を付けなければいけないと思います。

―TPP問題に向けて私たちがしなければいけないことはなんでしょう

小幡 一辺倒な議論を鵜呑みにするのではなく、自分で疑問に思ったことを自分で調べてみることが必要だと思います。

金子 食糧危機や気候変動は10年、20年先の話。そういった将来のことをおじさん任せにするのではなく、若い人達で考えることが必要だと思います。

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キーワード

(注1)セーフガード…輸入急増による国内産業への重大な損害の防止のため、認められている輸入制限のこと。

(注2)関税撤廃の期限…の原則は関税の完全撤廃であるが、最大で10年間の猶予期限がある。

(注3)米の中間選挙…4年間の大統領任期の半ばに行われ、下院の全員と乗員の約半数が改選される。同時に、現政権への「信任投票」という性質を持つ。今年の11月に実施が予定されている。

(注4)米の豚肉の業界団体…TPP締結を見据え、日本への輸出のため、関税撤廃を求めている豚肉団体。国産豚肉は高級化が進んだ牛肉と違い、海外との味の競合ができないため、豚肉の関税撤廃は日本にとって大きな焦点となっている。

(注5)六次産業…一次産業(農林業、漁業などの自然を利用した産業)、二次産業(鉄鋼業などの三次産業を加工した産業)、3次産業(小売業や運送業などのサービス産業)を同じ場所で組み合わせた複合的産業のこと。
(注6)垂直的統合…ある製品についての原材料生産,部品生産,製品生産,製品販売といった流れにおいて,その前後の段階にある企業や工程を統合すること。

(注7)米韓FTA…米国と韓国の間で結ばれた、自由貿易協定。2012年に発効された。すべての農産物の関税撤廃が原則。自動車産業では、韓国は発効後 15 年間で年平均 7 億 2200 万ドルの対米輸出増加が見込まれている。一方、農畜産業では、発効後 15 年間で年平均 4 億 2400 万ドルの対米輸入増加、また年平均 8150 億ウォンの生産減少が見込まれている。輸入産品を国産と偽装あする問題も生じている。