世界をリードする研究に尽力

万能細胞として今後の応用が期待されているiPS細胞。日本で発見されたこの細胞について、慶大でも世界に誇る革新的な研究がなされている。医学部教授の岡野栄之氏は、実際にiPS細胞をヒトの治療に役立たせるため、日本で中心的に活躍している研究者の1人だ。

iPS細胞とは、体細胞に遺伝子を数種類入れることにより、あらゆる細胞に分化でき、さらに分裂、増殖しても維持できる人工多能性幹細胞のこと。再生医療や病態解明、薬剤開発などにおいて期待されている。

例えば脚の脊髄を損傷し、一生車いす生活を余儀なくされた人でも、iPS細胞を移植することによって、また歩けるようになるかもしれない。現在、脊髄損傷の治療法はiPS細胞によるものしかないと考えられている。

難病に関する発見も

またiPS細胞を駆使することによって、根本治療がない神経変性疾患のアルツハイマー病やパーキンソン病といった難病の発症を遅らせることができるかもしれない。先月、岡野氏率いる研究グループは、順天堂大教授の服部信孝氏との共同研究において、家族性のパーキンソン病患者からiPS細胞を作製し、病態メカニズムの再現に成功したと発表。この研究により病態が解明されると早期診断、治療ができるようになる。さらに新薬の開発によって、「病気にならず健康に一生を送るための先制医療も可能になるだろう」と岡野氏はiPS細胞のさらなる可能性に期待している。

岡野氏はiPS細胞が発表される前から神経再生の研究を行ってきた。しかし、胎児由来の細胞を使用した臨床研究が、生命倫理的な議論に阻まれ道を閉ざされる。そんな中、京大教授の山中伸弥氏によって発表されたのが、どのような細胞からでも作れるiPS細胞。

そこで岡野氏はiPS細胞を使った研究を開始し、これまでにマウスや霊長類であるサルでの研究を行ってきた。2008年には文科省の「再生医療の実現化プロジェクト」の4拠点に慶大が選ばれ、自身の研究は高い評価を受けている。

世界の最前線で研究するには、「論文の発表は早いが、応用で失速する日本の制度を改める必要があるだろう」と岡野氏は考える。今、注目されているものに悪意を持って近づいてくる人も出てくることが予想され、iPS細胞の応用は科学的に安全を検証した上で、慎重に行われるべきだ。しかし、研究が最前線で行われるために、足踏みしていてはいけない。 「5年後には実際にヒトへの臨床研究を行いたい。研究場所が病院と直結し、総合力が高い慶大が最速になるはずだ」と岡野氏は意気込む。臨床研究のさらに5年後には、現場の医療への応用が推定される。

また、「慶大で、世界をリードするiPS細胞研究が行われていることを塾生の皆さんに覚えておいてほしい」と岡野氏は語る。慶大の研究が生かされ、実際に私たちの治療にiPS細胞が使われるのも、そう遠い未来ではない。     (井上絵梨)