《平成30年の記憶》片山杜秀教授が語る、天皇陛下退位の真意とは

平成30年の記憶

慶大法学部の片山杜秀教授

約30年の月日を経た平成がもうすぐ終わる。平成年間には予期せぬ非常事態が多々起こり、国内・海外ともに情勢が大きく変化した。その中で天皇陛下はどのような存在だったのだろうか。

平成終結の始まりとなったのが平成28年8月に発せられた「天皇陛下のおことば」だ。このおことばは、陛下のご高齢化による生前退位のご意向をにじませるものであると一般には認識された。しかし、近代の天皇制に詳しい慶大の片山杜秀教授は、これにはもっと深い真意があると推測する。

ひとつは天皇の宗教性の完全な排除だ。戦後すぐに出された「人間宣言」で天皇の宗教性は否定されたように見えたが、それでも生き残るものがあった。それが崩御によって天皇が代替わりし、元号も変わるという方式だ。「現人神でなくても、天皇の崩御により元号が変われば、天皇の命が日本人の時間を支配していることとなり、それは広い意味で宗教的になる」と片山教授は指摘する。

また、天皇が政治や宗教と関わりを持たないのは戦後民主主義の根本的な前提条件だ。戦後民主主義とは日本国憲法の三大原則に基づく民主主義の運営がなされ、それに見合う国民統合の象徴という形で天皇が存在する国家体制のことを指す。

陛下のおことばは、戦後民主主義の徹底化であると片山教授は見る。その背景として、冷戦構造や55年体制の崩壊後、平成の間に日本の政治や社会が戦後民主主義のあり方とずれてしまったことが挙げられる。

平和主義に関して言えば、日本は専守防衛の立場で必要最小限としての個別的自衛権を持つとしていたが、米同時多発テロやリーマン・ショックでアメリカの覇権が後退。日本も平和を維持するには積極的に軍事力を行使しなければならないと考え始めた。それが具体的な形として現れたのが集団的自衛権の行使容認だ。

これを戦後民主主義の風化と考えると、「それを守らなければならないと最も考えているのが今の天皇陛下」であると片山教授。「象徴としての天皇が政府に代わって自ら『おことば』という形で出てきてしまった。戦後民主主義についてもう一度考えるような議論が湧き上がることを陛下は期待されていたのだと思う」

偶然にも平成は自然災害が重なった。メディアでは天皇、皇后両陛下が被災地に赴き、国民と直に触れ合う様子が報道された。また一部から批判があったものの、戦没者の慰霊も積極的に行った。国民や過去へと歩み寄り、戦後民主主義における天皇のありようを陛下は行動として徹底された。

「平成」という時代は、非常が日常となり、一種のアイロニカルな響きを感じさせる。そして、その平成に陛下自身が幕を下ろされた。「平らかに成る」はずだった平成は、次の時代にどのようなバトンを渡すのだろうか。

 

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