地域活性化と雇用再生の第一歩を

震災のシンボルとなった防災対策庁舎

3年前、宮城県の北東部に位置する南三陸町志津川に12メートルを超える大津波が直撃した。町にあった住宅の7割は一瞬にして流され、被害は死亡者619名、行方不明者219名にまで上った(2014年1月31日現在)。また町職員43名が犠牲となった南三陸防災対策庁舎の映像は何度も繰り返し放送された。今では赤い骨組だけが残り、町の震災被害のシンボルとなっている。

 

そんな南三陸町志津川で震災復興に力を注いできた人たちがいる。南三陸復興ダコの会は、南三陸を明るく元気にすることを目的に、復興キャラクターである「オクトパス君」のオリジナルグッズなどの製作・販売を行ってきた。

志津川はもともとタコの名産地として知られる水産資源の豊かな地域だ。それにちなみ、震災発生前に南三陸観光協会のキャラクターとしてオクトパス君は生まれた。「置くと(オクト)、試験に合格(パス)する」という合格祈願の縁起物としてたちまち人気が集まった。

しかし震災による津波で、多くの人々は住む場所だけでなく、働く場所も失うことになった。オクトパス君の商品が製作されていた工場も同様に流され、町内の人々の生活は混乱と不安に包まれた。

復興キャラクター オクトパス君


観光協会で働いている芳賀タエ子さんも、地域が営んできた何十年もの歴史を一瞬にして否定されたように感じたという。芳賀さんは被災直後しばらく隣町に避難していたが、「町を離れ、その被災の様子をテレビ越しにみていた。自分が暮らしてきた地元に対して何もできないということがとても歯がゆかった」と当時を振り返る。また生活基盤が安定しない日々を何度繰り返しても、政府の復興事業は一向に進まない。自分たちから復興への第一歩を踏み出さなければならなかった。

そのような状況から地域の活性化と雇用再生の促進をはかり、南三陸復興ダコの会は結成された。会の主な活動の場であるYes工房があるのは志津川でも山間に位置し、比較的被害の少なかった入谷区だ。廃校となった中学校を改築することで、人々が笑いながら働くことのできる新たな居場所が完成した。


工房内では女性を中心に、被災木を材料としたノベルティグッズや、地域の養蚕技術を活かした繭細工などの製作・販売が行われている。オクトパス君は、「ゆめ多幸鎮オクトパス君」という文鎮として復活し、これは会の代表的な商品になっている。ほかにもさまざまな商品が販売されているが、それらの売り上げの一部は東北三県、そして南三陸町に寄付されている。

また「ゆるキャラブーム」が起きている現在、オクトパス君によるオリジナリティのある復興活動はさまざまな影響をもたらした。オクトパス君の着ぐるみが、南三陸町内にある幼稚園・小学校を訪れることは地域をつなぐ導線となった。また2014年1月には、株式会社NTT docomoと連携しオクトパス君はLINEのスタンプとして登場した。地元から愛されるだけでなく、オクトパス君はこのような対外的なPRを行い、復興キャラクターとしていきいきと活躍している。

後編に続く・藤浦理緒)
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