新党改革代表 舛添要一氏 自分の内面に財産の蓄積を

 1948年福岡県生まれ。1971年東京大学法学部政治学科卒業。1979年東京大学教養学部政治学助教授に就任する。2001年参議院議員に初当選後、参議院自由民主党政策審議会長など自民党内要職を歴任。2007年再選後、安倍、福田、麻生内閣で厚生労働大臣を務め、年金記録問題、薬害肝炎問題などに取り組む。2010年新党改革を組織し、同党代表に就任。現在『孫文ーその指導者の資質』が角川書店より発売中。
 1948年福岡県生まれ。1971年東京大学法学部政治学科卒業。1979年東京大学教養学部政治学助教授に就任する。2001年参議院議員に初当選後、参議院自由民主党政策審議会長など自民党内要職を歴任。2007年再選後、安倍、福田、麻生内閣で厚生労働大臣を務め、年金記録問題、薬害肝炎問題などに取り組む。2010年新党改革を組織し、同党代表に就任。現在『孫文ーその指導者の資質』が角川書店より発売中。

経済新人会が主催する、2011年度三田祭講演会。「リーダーシップを考える~今後の日本を導く人材~」をテーマに、塾生がこれから目指すべき道のヒントを語るのは新党改革代表、舛添要一氏。11月21日(月)、三田キャンパス西校舎ホールで行われる講演会に先駆け、舛添氏にお話を伺った。

*  *  *

参議院議員会館にある舛添氏の事務室には、読み終えた順にラベル付けされた何百冊もの本が所狭しと並んでいる。「あまりにも数が多くて家が傾いてきたので、ほんの一部だけこちらに移動させました」と笑う。

1968年、東京大学法学部政治学科に入学。時代は大学紛争の真っ只中だった。「2年の頃は授業もほとんどなかった。大学時代は本と共に過ごしていました」と話す。当時暮らしていた寮の仲間たちと各々が手に入れた戦利品を持ち寄りながら、古今東西の政治学・哲学・文学書などを読みふけった。「時間があるからこそ読める長編小説なども大好きだった。本で得た知識が、政治家として随所に役立っています」

「着々とキャリアを積んできた人生ではない」と言い切る同氏。ひとつの夢にむかってまっすぐに進むよりも、寄り道を好む60年間だった。

「大体10年ごとに転機が訪れます」と振り返る言葉通り、20代はヨーロッパで国際政治を学んだ後、30代で東大に戻り、教鞭を執った。留学を考え始めた際、「どうせ返事は来ないだろう」と、あえてパリで一番有名な教授に手紙を書いたという。「すぐフランスに勉強しに来いと言われ、まさかの展開に焦りました」と笑う。当時、芸術家志望の若者しかフランスに留学しない時代。そこで友人に囲まれて培った芸術を愛する心は同氏の基盤となっている。

「政治家はオーケストラの指揮者のようなもの。さまざまな楽器を演奏する役人に、どうタクトを振るか、曲全体の方向性を決める仕事」だと話す舛添氏。厚生労働相時代、新型インフルエンザや薬害肝炎、医師不足問題などの対応で、自分の判断がひとつ間違えれば何百万人の命にかかわることを念頭に置きながら、常に結果を出してきた。「『失敗すれば一発で終わり』といった状況でどれだけの成果を残せるかが、政治家の真価が問われるところ」と話す。

40代、数多くのテレビ番組で日本のあり方を論じてきた舛添氏が、50代で政治の道を志したきっかけは、同氏の母が認知症を発症し、日本の福祉問題について考え始めたこと。要職を歴任しながら、「多様な意見を持つ人々をどうやってまとめるか」を常に考えてきた。「手間暇がかかる民主主義においての政治は、忍耐心が第一です」と話す。

人間として大切な思いやりを基本に、政治家としてどのような規範を定めるかが大事だと話す舛添氏。「孔子など、偉大な先人の教えも『仁』や『博愛』の精神が基本となっている」。今でも就寝前に『論語』や『菜根譚』を読み、政治家として役立つヒントを古典から探るという。今年10月には『孫文―その指導者の資質』(角川書店)を執筆し、歴史上の改革者から学ぶリーダーシップ論をひもといた。

「今、日本に必要なのは、グランドデザインができる若者です」。日本の現在を、家計簿をつけ、今月の食費に悩む家庭に例える。「それよりも自分の給料を将来どう上げていくか。長期的ビジョンで物事を考えることが求められている」と語る。そのためには、たくさんの本を読み、自分の内面に財産を蓄積することが不可欠だ。「内面に誇れるものがあれば、どこに行っても何が起きても大丈夫」と強く語る。

ペリーやマッカーサー。度重なる外圧により日本は変化を促されてきた。現在もTPPや企業の海外脱出など、さまざまな環境の変化が日本を取り巻く。「幕末や敗戦後のような大変な時にこそ、その都度日本人は外に飛躍しようとした」とした上で「豊かになった今、日本で充分と考えるのではいけない。日本に足りない部分を見極めることが大事」と若者にエールを送る。

自身は九州で育ち、中津の福澤諭吉旧居に近いところで育った。「幼い頃から父に福澤先生の教えを聞いて育った」と話す。

「現在は福澤諭吉のような、大きな権力に対抗できる知的な巨人がいない」。「民」の立場からしっかり日本を支える、ワイルドな慶大生の存在を期待しているという舛添氏。「福澤先生の原点に戻るようなお話ができたら。活発な質問を待っています」とメッセージをいただいた。(西村綾華)