ずっしりとした食パンから漂う甘い香り。歯が当たったところから、ふわっと溶けるような柔らかさ。高級スイーツのような上品な風味が鼻へと抜ける。ワンランク上の食体験を味わえる、高級食パンをご存じだろうか。

4月8日から5月9日は「高級食パン文化月間」だ。「4(食)」「8(パン)」、「5(ごう)」「9(きゅう)」=高級、の語呂合わせに由来している。

当月間の発起人である食パン専門店「銀座に志かわ」は慶大三田キャンパス徒歩2分の地にも出店している。社長の髙橋仁志氏の話に滲むのは、飽くなき食パン愛。商品にかけるこだわりと今後の展望を聞いた。

 

 

唯一無二の食パン

2013年頃に生まれた高級食パンは2つの需要を取り込み、大阪を起点に広まった。1つ目は自分へのご褒美として。安心安全な材料から作られた食パンは耳まで美味しく、至福の時間を提供する。2つ目は手軽な手土産として。和菓子・洋菓子と比べて安価なため、気軽にプレゼントできる。

髙橋氏は高級食パン業界に新しい風を吹き込みたいと考え、水を武器に高級食パン業界へ飛び込んだ。目をつけたのは、和食の出汁取りにも使われるアルカリイオン水。素材のうま味を引き出す特性を、食パンにも応用できるのではと考えた。

しかし、食パンは通常弱酸性の水で作る。真反対のアルカリイオン水では、型崩れやうまく発酵しないなど、多くの困難を抱えた。「食パンには向かないのかもと思ったこともあった」と振り返る。

苦節3年、試行錯誤の末に柔らかく甘い理想の食パンに辿り着いた。「5年経っても、追随する店は出てこない。唯一無二の技術で、唯一無二のパン」と自信を覗かせる。

味だけでなく、見た目の美しさにも気を配る。美味しい食パンの特徴でもある上部の角の丸みや白いラインが現れるように、発酵時間と焼き時間を念入りに調整している。「に志かわの食パンは美しいとよく言われる。一つひとつ丁寧に作っているからこそ」と述べる。

 

ブームから文化へ

 

 

高級食パンが生まれて10年。今はまだ「ブーム」と表現されるが、「食文化」として根付かせたい。高級食パン文化月間もそのための取り組みだ。

コロナ禍には食パンアレンジレシピのSNS発信も始めた。家で過ごす時間の増加に伴い、家でできるささやかな贅沢への需要が高まったことを受けた試みだ。いちごやマシュマロなどのスイーツ系の他に、金平や塩辛などの斬新な食べ合わせも紹介している。家にあるもので作れるさまざまなアレンジを紹介することで「食パン=朝」のイメージを払拭し、昼や夜、おやつにも食べてもらえることを目指す。銀座に志かわを中心に、業界全体を盛り上げていきたい。

 

食パンの伝道師に

2022年には米国ロサンゼルスへ出店し、海外進出を果たした。現在、海外で一般的なのはハード系パンやデニッシュ。しかし、近年和牛などの柔らかい食材が評価されているように、今後は柔らかいパンも人気になると氏は睨む。「Sushi、Ramenと並んで、Shokupanと呼んでもらいたい。10年ほどで変わるのでは」と意欲を見せる。

目指すは食パンの魅力を全世界へ届ける伝道師。そのために、海外で販売する商品にも一切の妥協を許さない。整水器を日本から持ち込み、同じ品質のアルカリイオン水を使用している。小麦粉はもともとカナダ産を使っていたため、アメリカの店舗では入手が容易になるかと思われた。しかし、精製方法によって質が変わるため、わざわざ日本で挽いたものを取り寄せている。「この二つは絶対に譲れない」と語る。

 

三田を通して繋がる慶應と銀座に志かわ

銀座に志かわ三田慶應大前店は記念すべき100号店だ。開店当時、に志かわは伊勢神宮の内宮に食パンを奉納していた。三田も伊勢に米を奉納した歴史を持つことから、100店舗目として選んだという。

三田に集う人の多彩さにも広告効果を期待する。「昔から住んでいる人も若い人もいる。特に慶應には全国から学生が来る。各地に銀座に志かわを広めるきっかけになれば」と説明する。慶大生へのメッセージを求めると、「ぜひたくさん食べてください。食パンを食べるシチュエーションを作っていただきたい」と笑顔を見せた。

 

美学がふんだんに詰まった高級食パン。ずっしりとした商品からは、こだわりと愛の重さを感じる。この機会に一度、店舗に足を運んでみてはいかがだろうか。

 

(薮優果)