慶大に入学すると、どの学部でも必修とされるのが英語と第二外国語。今年度から新しい言語を学び始める人もいるだろう。しかし、なぜ語学を2つも学ばなければならないのか?第二外国語の学習意義について、慶應義塾大学外国語教育研究センター所長である七字眞明教授に話を聞いた。

 

第二外国語を学ぶ意義 現代社会とのリンク

―大学における第二外国語学習の背景は何でしょうか?

つい数日前、インターネットで、タイで日本車の売れ行きが落ちているという記事を見ました。日本車販売のマーケットではタイが圧倒的なシェアを占めていたのですが、代わりに売り上げを伸ばしているのは中国。その理由は、日本が立ち遅れている電気自動車のせいだとありましたが、もしかしたらマーケティングでも日本は大きく遅れているのではないかと個人的に思いました。中国は巨大な人口と中央政府が強い権限をもつことを活かして、言語政策をコントロールしているのではないでしょうか。たとえば、タイ語のスペシャリストを国で作り上げ、現地に派遣して中国製品を売り込んでもらう。すると英語で交渉している日本は負けてしまいます。以前はクオリティで日本が勝っていましたが、技術が追いつかれていくと、コストと売り込み力で負けるのではないかと、ふと思ったんです。もしそうだとすると、今後自動車に限らず様々な分野で、日本は非常に立場が悪くなってしまうのではないかと少し心配になりました。

また、第二外国語やったほうがいいですよと言うと、「英語もできていないのになぜ第二外国語まで」という反論がよくきます。もちろん、多くの分野で作業言語、共通言語として利用されている英語ができることは非常に便利です。それを否定するつもりは全くないのですが、極端に言えば、英語はなんとか意思疎通ができるくらいの最低限の理解度でいい。その代わり、ほかに得意な言語をもっていることが大事ではないかと私は思います。みんなが英語を得意になるより、むしろ特定の言語を得意とする人がいるのが良いのではないでしょうか。そうすることで、慶應義塾大学は世界各国で活躍できる人材を社会に輩出することができるようになります。また、少数言語を身に付ければ、将来世界で活躍できるかもしれません。

 

学問する際に不可欠な第二外国語

―なぜすべての学部に第二外国語の学習が義務付けられているのですか?

一見、別に必要ないじゃないかと思いますよね。私の専門はドイツ語・ドイツ文学ですが、その研究者の中には英語ができない人もいるため、共通言語はドイツ語です。同じ理由で、共通言語が英語ではない分野は沢山あります。これは地域研究すべてに当てはまることで、ある地域の政治や経済、文化を勉強しようとすると、最終的には現地の言葉が必要になってきます。たとえば、今なお続くロシアとウクライナの戦争について、多様な言語でさまざまな情報が入ってきますが、それらには各国のバイアスがかかっているかもしれない。ロシア語が分からないと現地の生の声は聞こえてきません。英語ができれば世界を全部把握できるというのは幻想で、拾いきれない部分があると思いますね。

 

「聞く」「書く」「話す」「読む」の順番で学ぶ

―教授ご自身はどのように言語を学んでいたのですか?

大学院生のときドイツに留学したのですが、最初に語学学校で2か月間毎日ディクテーションをしていました。かなり早いスピードのドイツ語をすべて聞いて書きとることはできなかったので、聞き取れたキーワードだけメモしてあとで文を再構成しました。毎日やるうちにドイツ語の文構造を理解してきて、それを思い浮かべながら話せるようになりました。すると今度はドイツ語のリズムが分かってきて、それに合わせて読めるようになった。日本の外国語教育は最初が「読む」だと思いますが、私の場合は逆で、「聞く」「書く」「話す」「読む」の順番でした。もしかしたらこの方が手っ取り早いかもしれませんね。今現在は、「聞く」ためのツールがインターネット上にあふれているので、それらを使って聞いて書きとるのは、いろいろな言語の習得に役立つと思います。実際に昨年度、ドイツ語のそういった授業を3・4年生対象に開講しました。履修していた学生はドイツ人並みに発音が良くなり、1年経ったときには話せるようになっていました。もちろん人それぞれですので、自分に合った勉強をするのが良いと思います。

 

”複眼的思考”を養う第二外国語 教授からのアドバイス

―最後に第二外国語を学ぶ学生へ一言お願いします。

いくつもの言語を身に付けると「複眼的思考」が養われます。同じことについて各言語でどう言われているかを比べ、検討することができます。

外国語は「慣れ」が肝心なので、繰り返しの学習が大切。そのために、自身の興味と結び付けたり言語を身に付けることで何がしたいのかを考えたりするのも手です。また、大学で第二外国語を勉強したらその下地はできています。あとは思い切って現地に飛び込んでみると、その地で新しい発見がありモチベーションにつながります。そうすれば、言語は楽しめる一生もののツールになるはずです。

慶應義塾大学外国語教育研究センター所長 七字眞明教授

外国語教育研究センターでは多様な外国語科目が開講され、学部・研究科の学年を問わず履修可能である。この春新たな言語習得に挑戦してみてはいかがだろうか。

(鬼木元子)

 

外国語教育研究センターWebサイト<http://www.flang.keio.ac.jp