慶大文学部出身で、社会的背景を題材にした作品が話題の作家、朝比奈あすかさん。小学校の学級崩壊を描いた『君たちは今が世界(すべて)』が、2020年以降、20校以上の中学入試で出題され、中学受験頻出作家という呼び名を持つ。今回の取材では、朝比奈さんに小説執筆や学生時代の思い出について語ってもらった。

 

朝比奈さんは、慶大卒業後、『憂鬱なハスビーン』で第49回群像新人文学賞を受賞し小説家デビューを果たした。学生時代の夢はジャーナリストになることだったという。

「新聞社や出版社、テレビ局を中心に就職活動をし、最終的に日経BPに就職しました。雑誌『日経ネットミセス』の記者として働き、いろいろなところに取材に行けるのがとても楽しかったです」

しかし書いた記事を先輩に確認してもらう際に、文章が面白くて最後まで読み進められるが、読んだ後は内容が何も残っていないと言われてしまう。読者は知識や情報など実践的なものを取り入れるために記事を読んでいるので、ニーズを間違えているのではないかと指摘されたそうだ。

その後退職時、先輩からもらった文章を書き続けるようにというアドバイスもあり、人に着目して何か書いてみようと思ったのが小説を書き始めたきっかけだと語る。

そんな朝比奈さんに小説を書く際に意識していることを聞いた。

「嘘を書かないようにしています。人ってたまに有り得ない行動を取りますが、その有り得なさを作ってしまったら面白くない。作品を読んで『こういう人いそう』ではなく『いる』と確信してもらいたいくらいです」

さらに内容をコントロールしすぎないことにも注意しているという。

「デビューした頃、作品が構図的、小さくまとまっていると批評されました。今振り返ると、もともと記者として簡潔に情報をまとめる作業をしていたので、こういう風に完結させよう、終わらせようという気持ちがあったのだと思います」

 

さて、朝比奈さんに学生時代について聞くと意外な答えが返ってきた。

「過去の自分を振り返ると反省しかありません」

当時の朝比奈さんは複数のサークルに所属、語学留学、アルバイト、当時としては珍しかったインターンシップに3年生で参加などさまざまなことに取り組んでいた。しかし責任を持って行動した記憶がないという。

「いつも肝心なところは人任せにしていました。でも責任から逃げたツケは必ず後から回ってきます。だから学生時代から責任を持って何かをやり遂げる経験を積み重ねることが大切ですね」

つづけて朝比奈さんから学生へアドバイスをもらった。

「情報の取捨選択をしてほしいです。時代が進むにつれて価値観も変わるので、年長者の助言が必ずしも役に立つとは限りません」

一方で今だけの学生時代を大事にしてほしいとも語る。

「学生時代は気づきにくいですが、学んだことや、関わった友人たちは、生涯の財産になっていきます。大学にはさまざまな人がいて、比較してしまうこともあるかもしれませんが、その時生まれた感情も自分が成長するためものと捉えてください。そして皆さんだけの特別な大学生活を大切に過ごしてください」

 

最後に、朝比奈さんの作品の中で大学生に読んでほしい2冊を教えてもらった。

1冊目は就職活動について採用する側の視点で描いた『あの子が欲しい』。本書には採用する側も採用担当者である前にひとりの人間であるということが描かれており、就職活動中の学生が読んだら少し気が楽になるかもしれないという。

2冊目は児童養護施設で暮らす高校生の日常、大学受験を含める進路に焦点を当てた『ななみの海』。

「児童養護施設で暮らす学生の現状を知ることで視野を広げるとともに、大学で勉強できることがどれほど恵まれているか、実感してほしいです」

 

これまで大人の読者を想定して作品を書いてきた朝比奈さんだが、昨今は小学生、中学生向けの作品を依頼されることが増えたそうだ。しかし今後の展望は、世代を特定せずに面白さを追求した作品を書くことだと語る。

「読者を信じて楽しみながら仕事をしていきたいです」

 

(横山真緒)