慶大では7月2日、学生応援プロジェクト「これからのジャーナリズムを考えよう」が三田キャンパスにて開催された。本プロジェクトは日本経済新聞社と米コロンビア大学ジャーナリズム大学院、慶大のメディアコミュニケーション研究所の共催であり、メディアコミュニケーション研究所の75周年を記念した企画である。
ロシアによるウクライナ侵攻が注目される中、メディアの報道の在り方、SNSの果たす役割について「戦争と報道」をテーマに、国際政治、ジャーナリズムの専門家や、国内外の現役ジャーナリストらが議論した。

主催者挨拶 伊藤公平塾長

主催者挨拶は伊藤公平塾長が務めた。伊藤塾長は1999年に起きたロシア高層アパート連続爆破事件について言及し、その事件に迫った一部の人間が不明の死を遂げていること、真相に迫るような学術研究自体が危険を持つケースがあると語った。まさに命がけで真相を暴いていく学術研究者やジャーナリストがいるということにメディアコミュニケーションの大切さを感じたと述べ、「あらゆる意味で、真実、ファクトと戦うジャーナリズムの素晴らしさということを感じる日々この頃でございます」と語った。そのうえで「このようなシンポジウムを開催し、そして自分たち、ジャーナリスト、学者たちの在り方を考えるのは大変時を得た機会だと思います」と締めくくった。

開演のことば 米コロンビア大学ジャーナリズム大学院 アズマット・カーン助教授

米コロンビア大ジャーナリズム大学院を代表し、アズマット・カーン氏が開演の言葉を述べた。ジャーナリズムの未来のために私たちがどのような責任を負うのかということについて、紛争においてプロパガンダが行われるのは明らかであり、ジャーナリストは間違った情報を明らかにしていく必要があると指摘した。

アズマット氏は6年にわたる報道の歴史をまとめたファイルを紹介し、アメリカのIS(イスラム国)への爆撃における民間人被害の事例を説明した。アメリカはISを標的として、イラク、シリアで2014年に空爆を始めたという。2016年の初頭、アメリカはISの戦闘員25000人を殺し、そのうち民間人の犠牲者は20人ほどだったと発表した。しかしオープンソース(公開情報)インテリジェンスの手法を使うことにより、こうした主張に疑いの余地が出てきた。アズマット氏は社会学者らとともに、空爆が行われている場所のサンプルを作り、ISが支配している地域のデータをできるだけ多く集めた。さらに多くの人に戸別訪問しインタビューをとった。空爆が実際にあったのかどうか、近くに標的となるISの施設が本当にあったのかどうかを追求した多くの検証の結果、5回のうち1回は民間人が亡くなっているを確認した。同盟国は157人のうち1人しか民間人を殺していないと主張したが、検証によってその31倍多くの民間人を殺していると判明した。度重なる追及の末アメリカは一部誤りを認め、同盟軍から発表された民間人の死者数と実際の死者数が食い違っていることが明らかになった。

アズマット氏は「ミスインフォメーションを正す可能性があるにも関わらず、このような調査型の報道が行われなければ変化は起こらないのです」と真実を追求する調査報道の重要性を強調する。本来民間人の被害を減らすような方策がとられるべきであったのに、なかなかそれが実現に結び付かず、調査報道が実際にインパクトをもたらしているのかどうかが疑問に思われると話した。

直接被害者に話を聞いて真相に迫ったアズマット氏は、さまざまな手法がある中でも、直に話を聞くことが大切だと語る。「多くの民間人が自分のストーリーを聞いてもらえるチャンスがあったはずなのです。専門家を送り、実際に地上で武器の破片の分析を行うなどいろいろなことができるのですが、それにもまして、直接話を聞くということ、その主張を確認するということ、そして戦争という真の文脈の中にそれを置いてみるということが、実際に何が起こったかを知るために一番重要なことなのではないかと思います。」

基調講演「危機と暴力の報道現場で進む革新」ブルース・シャピロ ジャーナリズムとトラウマのためのダートセンター所長

「単なる戦争そのものの暴力だけではありません。長期的なインパクトが、個人に、そして家族に、そしてコミュニティーに及ぶのです」

ダートセンターは、コロンビア大学ジャーナリズム大学院のプロジェクトとして、世界中の暴力、紛争、悲劇など、トラウマ的な出来事を報道するジャーナリストやジャーナリズムの質の向上のための研究機関だ。その所長を務めるシャピロ氏は、紛争の報道に当たって議論すべきはトラウマの問題だと主張した。議論はトラウマ被害者への取材方法、またジャーナリスト自身のトラウマ被害とセルフケアの方法をめぐり、今日のジャーナリズムがいかに展開されるべきかを追求した。

民主主義国家においては、社会的な決断をするときにジャーナリストがニュースを報じる必要がある。では、戦争や紛争を報じるときにはどのようなツールキット (手順、基準、ガイドラインなどのセット)が必要なのか。トラウマ被害者にはどのようなインタビューをすればよいのか。また、そうした経験の中でジャーナリストはいかにセルフケアを行うことができるだろうか。

トラウマ被害者への取材

シャピロ氏はトラウマ被害者の取材には「聞く力」が重要だとだと説明する。トラウマ被害者の状況は全員が同じというわけではなく、各々違うのだという。例えばその反応は、話すことができない、信頼関係の構築が難しいなどさまざまだ。だからこそ「人間の顔をした紛争といったものを理解するスキルを持っていなければなりません」と強調する。トラウマは、生物学的、心理学的、社会学的な経験だ。克服することができないほどの大きな恐怖によって脳機能は生物学的に変化してしまう。トラウマは脳の様々な場所に記憶され、安全な状況であっても簡単にその記憶が引き出される。

ジャーナリストの持つツールキットは力がある者に合わせられたものであり、トラウマ被害者に向けては普段と全く異なるツールキットが必要だとシャピロ氏は説明する。トラウマを悪化させるのではないかと懸念するかもしれないが、トラウマがあるということを理解したうえでうまく取材することができるという。

トラウマ被害者のインタビューでは、倫理観として、自分たちが信頼できる人物だと示す必要がある。しかし同時に、信頼関係を損ねるような行動は非常に問題になる。トラウマ被害者は体内にレーダーを張り巡らせている状態だ。例えば取材に遅刻する、相手の名前を間違えるといった行為は信頼関係を損なう可能性がある。また、トラウマ被害者にとって無力感を取り除くため、例えば兄弟と一緒に取材を受けることを提案する等の工夫も必要だという。

さらに相手が急に感情的な反応を示す可能性もある。トラウマ被害者のインタビューは、相手の配慮や寄り添う姿勢に十分注意したうえで、一体何が起こったのかというところから始める必要があるのだという。また取材の際に彼らを驚かせるようなことを避ける必要がある。カメラクルーの説明や、チェックすべきことは事前に説明することで、相手が恐怖を感じないようにする必要がある。シャピロ氏は「トラウマ被害者の複雑性を私たちが理解しなくてはなりません」と、トラウマ被害者に取材するうえでのを注意を強調した。

私たちジャーナリストにはどのような影響があるか

ジャーナリストは職業としてトラウマに直面する専門家でもある。つまり、職業的に生々しい現実を見つめなければならないと同時に、ジャーナリストは一人の人間でもあるのだ。トラウマの影響は報道のプロにも及ぶ。

ジャーナリストは普通の人に比べてトラウマに直面する可能性が高い。一方で使命感や、同僚の存在によってストレスを緩和することができている可能性があり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のケースはかなり低いという。それでも、生理学、心理学、社会的なトラウマを累積して感じ続けていると、やはりそれは影響を与える。

ジャーナリストにはいろいろな形でその影響が表れる。例えば、自身の記憶能力や、事実に焦点を当てること、怒りをあらわにせず報道を続ける、信頼関係の構築する、といった様々なことが、実はトラウマによって影響をされているのだとシャピロ氏は説明する。さらにこれは実際に現場に出ている人だけでなくデジタルで現場に出ている人も同じで、脳は生々しい写真を見ることで、現場にいるのと同じくらいの傷を負うということが研究により分かっているという。

しかし、そこには対策がある。シャピロ氏は「レジリエントなジャーナリストというのは、きちんと休憩をとっている人です」と語る。毎日仕事をしていたとしても、見る画像の量のバランスをとったり、同僚と分担したりするなど、うまく自身で休憩を置くことが必要だという。つまり、ジャーナリストは「自分自身で、セルフケアのプランを持っていなければならない」という側面を持つ。

また個人だけでなく、同僚同士の支えが必要だ。健全なジャーナリストを維持していくには、同僚同士の信頼関係が必要になる。マネジメントのできていない職場ではPTSDのような大きい問題になるケースが多く、管理職も非常に大きな役割を果たすことが分かっている。
「世界的にこういったニュースルームでは、トラウマの対策を取り始めている。この業界に対するトラウマということの認識が高まって、そして文化が変わろうとしています。」

シャピロ氏は最後に、今後のジャーナリズムへむけた言葉で講演を飾った。

「こういった暴力であるとか、戦争に関するトラウマというものを理解しながらジャーナリズムを行うことによって、より良い報道ができるようになるし、必要な聞く力を持つことができるようになる。今は私たちのもとにはツールキットがあります。戦争を止めることはできません。しかし、新たな豊かなツールキットを手にしてた私たちは、少なくとも、権力主義における暴力に反対する声を上げることができるのです。」

4者によるパネルディスカッションは後編へ続く

(乙幡丈翔)