慶大は国立美術館、博物館の「キャンパスメンバーズ」「大学パートナーシップ」に加入している。学生証を提示するだけで、常設展・所蔵作品展の入館料が無料になり、一部施設は特別展を割引料金で見ることができるという制度だ。キャンパスメンバーズに加入しているのは、東京国立近代美術館(本館、国立工芸館)、国立西洋美術館、国立新美術館、国立映画アーカイブ、京都国立近代美術館、国立国際美術館、東京国立博物館。大学パートナーシップに加入しているのは国立科学博物館。さらにニュースパーク(日本新聞博物館)の特別会員でもあり、入館料が無料となる。

これらの制度が使える施設のうち、東京国立博物館、東京国立近代美術館の方々に話を聞いた。興味を持ったら、学生証を忘れずに実際に行ってみてほしい。

東京・上野に堂々とその姿を構える東京国立博物館。日本で最も長い歴史を持つ博物館である通称「東博(トーハク)」は、日本と東洋の作品を中心にさまざまな文化財を収集・調査している。所蔵品数は現在約12万件。さらに展示替えの回数は、なんと年間300回以上にものぼる。何度訪れても全く別の展示が見られるということだ。展示替え情報はウェブサイトや公式SNS等で確認することができる。

「同じ作品でも、年月経った自分が見ると印象がまた違います。折角のキャンパスメンバーズですので、何度でも無料でいらしてください」

こう語るのは、広報室の小島佳氏。読み返した本に新たな気付きがあるように、博物館にはいつ来ても新しい発見がある。

東京国立博物館本館
東京国立博物館国宝室

過去と未来をつなぐ場所

「作品自体は何百年も前からある。なのに見るたびに新しい発見があるということは、自分が変化し成長している証」そう語る増田政史氏は、今秋から始まる特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」にも関わる研究員だ。同展では、創立150年を記念し所蔵する国宝89件を全て展示する(展示替えあり)。東博史上初の試みだという。

日本美術は素材が脆弱で、温度や湿度に影響されやすい。作品をずっと収蔵庫に入れておけば劣化は防げるが、公開しないと作品の魅力は伝わらないため、期間を決めて展示する。年300回も展示替えをするのはこのためだ。国宝ふくめ、文化財は慎重に扱う必要がある。これらの展示を実現するため、何年も前から展示期間を調整するよう各展示室の担当研究員や、貸与を希望する他の博物館と一件一件交渉した。「館員ですらよく実現できたなと思うほど、調整に次ぐ調整で出来上がった展覧会」と小島氏は語る。

今年創立150年を迎える東博。明治5年創立当時の日本は、まだ歴史の激しい移り変わりの渦中だ。「動乱の時期にも、さまざまな人たちの甚大な努力があって、今こうして貴重な文化財が残っています。私たちは、これからもそれを継続していかなければなりません。これまで受け継いできた人たちへ思いをはせながら、展示を巡り、150年の重みを感じていただきたいです」

博物館に見に行ったという身体的記憶が人々の中に残っている、その事実にもどこか感動的なものがある。過去のものが物理的にも、さらに記憶としても未来に引き継がれていく、その手助けをする役割も博物館は担っている。

東京国立博物館は今年創立150年を迎える

コロナの影響もあり、メタバース上で博物館を巡れるシステムができるなど、リモートでも博物館が楽しめるようになった今。しかし、実物を見ることでしか味わえない感覚もある。「本物」が持つ力や、伝えられてきたことの価値、展示の文脈など、五感を通して立体的に伝わってくるのだ。

博物館の役割について小島氏はこう語る。「美と出会うということもさることながら、本物を見て、歴史について再考することで、生きている私たちが今どこにいて、どのように未来に繋げていくのか、考えるヒントを探す場所として活用いただきたいです」博物館は、過去と今、そして未来を繋ぐ場所でもある。「人生の諸先輩方に、考え方のヒントを貰う場として活用してほしい。何か考えに詰まったり、アイディアが欲しい時、昔の人の知恵や意見を聞ける場が開かれています。ちょっとした道筋を見つけたい、ヒントが欲しいという時にふらっと立ち寄れる、そんな場所になったら嬉しいです」増田氏は、展示が見た人の記憶に残り続けるということに意義を見出す。「若い時に博物館に行ったという経験は後に良い財産になるので、是非お越しください」

楽しむための糸口は

竹橋駅付近、都会の喧騒から少し離れた静かな場所に、東京国立近代美術館はある。近現代の日本の美術を中心に、数少ない近代以降の重要文化財も多数所蔵している。明治時代頃に重複はあるが、基本的に東博が扱う作品より新しいものを扱っているという。日本の作品を中心とするものの、海外作品も多く見られる。

「日本美術は単体で動いているわけではなく、その時々に海外の動向に反応し、影響を受けます。歴史が動いているので、それを紹介するために海外の作品は必ず必要になる」。こう説明するのは、主任研究員の成相肇氏。次回の企画展「大竹伸朗展」を担当している。美術館で働いていて、作品を展示に向けて並べてみることが監督のようで楽しいと語った。「写真を絵画など他の作品と混ぜることもある。時代をあらわす効果があるし、特に区別する必要もないです」

近代美術とそれ以前の美術との明確な違いは、制度が確立されているか否かだという。日本近代美術は、海外から仕組みとして入ってきた「アート」を受け入れてはじめて始まる。近代以前、日本美術は襖絵など建築と一体化した家具調度品に近かった。絵画を壁にかけて楽しむ文化は、そもそも海外から来たものだそうだ。

特に抽象的なものなど、アートはよくわからない、何が描いてあるのか理解できないというイメージを持つ人も多いだろう。成相氏はアート鑑賞のヒントをこう語る。「見方として一つ言えるのは、よく見ること。一点気になった作品があれば数分ほど見てみてほしい。一つのものを数分間見続けるって、なかなかできることじゃない。そうして見ていると気づくことがあったり、なんか変だなと思うことがあったりする。それが楽しむための入り口」作品には解説が添えられたものもあるが、まずは文字に頼らずに見るという見方も全く間違いではない。「パッと見て、よくわからない、おしまい。というよりは、解説に逃げずに時間をかけてじっと見てみることが大事」

美術館としての悩みは、どうしても所蔵品展が企画展のおまけとみなされてしまうことだそう。「当館は、所蔵作品展がとても豪華なんです。3フロアにまでわたるし、重要文化財も出ているし、一時的に借りてきたものではないので何度も見ることができる。とはいえ展示替えで変化もしています。キャンパスメンバーズはそれが見たい放題ですから、すごいですよ」

東京国立近代美術館 常設展の様子

日常のなかで「ふらっと」

美術館というと、どうしても敷居が高いイメージが付きまとう。しかし、そんなに気張らなくてもいいのだという。「鑑賞の仕方に決まりはない。美術館って、映画館とかよりは自由度が高いのではないでしょうか。ポップコーンは食べられないですけど(笑)。自由です」

美術館では、普段とは違った考え方、感じ方をすることができる。「美術館は、見て、考える場所。見て考えるトレーニングをするような、そんな機会を得られる場所は美術館以外にほとんどない。日常は、すぐさま受け止めて判断させられるようなことばかりなので。ゆっくり見て考えること自体がレアな体験じゃないかな」

東京国立近代美術館は今年70周年を迎える。「国立近代美術館の名に恥じない、教科書にも出てくるような名作をたくさん所蔵している。所蔵作品のクオリティは日本でトップだという自信はある。70周年というと老舗のようですが、これからも新しいものを発信していきます」と成相氏は意気込む。

私たちは日々急かされるように生きている。息の詰まるようなスピード感のなか、ヒントは案外こんな場所で見つかるのかもしれない。「ふらっと」立ち寄れるのはキャンパスメンバーズの大きな特権。たとえば今週末。予定、空いていませんか。

(三尾真子)