詐欺、殺人に薬物……。テレビや新聞では、事件の報道が後を絶たない。だが、被疑者逮捕後の刑事手続や刑務所出所後の生活に関心が寄せられる機会は少ないのが現状だ。

7月は「社会を明るくする運動」強化月間・再犯防止啓発月間だ。「社会を明るくする運動」は、国民が犯罪や非行をした人の更生保護について理解を深め、犯罪のない地域社会をつくることを目的としている。今年6月には改正刑法が成立したばかり。改正刑法では、懲役と禁錮を一本化した「拘禁刑」の導入や、執行猶予制度の拡充が決まった。かつてないほど受刑者の立ち直りが注目されるが、犯罪者の更生保護には何が必要なのか。刑事政策が専門の慶大法学部・太田達也教授に話を聞いた

生活と就労の支援が不可欠

刑事政策には、「刑事制裁論」「犯罪者処遇論」「犯罪予防論」「被害者学」の4分野がある。犯罪者へ科す刑罰・処分や、刑務所内での処遇を検討するほか、犯罪を防ぐための施策や、被害者支援を研究対象とする学問だ。

太田教授は、「現在、国内の刑事政策において最も重要なのは、再犯の防止だ」と強調する。犯罪を繰り返す人は全犯罪者の3割程度だが、彼らの犯罪は全犯罪件数の約6割を占める。再犯を防止するには、刑務所出所者や執行猶予などの処分を受けた人に対する「生活」と「就労」の支援が欠かせないと太田教授は話す。

「中間処遇」で生活の再建を図る

刑務所を出ても、すぐに家を借り、仕事を探すのは容易ではない。社会に適応するまでの間、支援を継続する「中間処遇(社会内処遇)」という考え方がある。人権保障の観点から、刑期終了後まで国が関与することへの批判も強い。管理されるのが嫌で支援の手を拒む出所者もいる。だが、太田教授は、「犯罪をした人であっても社会の中で役割を果たし、居場所をつくることが大切だ。中間処遇は再犯防止の突破口となる」と語る。

受刑者を刑期の一部が残った状態で釈放し、社会の中で更生させる「仮釈放」という制度がある。地域社会で生活しながら、 法的に処遇を実行できる点で有効だが、自らの犯罪に対する内省が深まっていない人は釈放されない、仮釈放の期間は数か月程度で生活の基盤をつくるには短すぎるといった課題もある。

罪を犯した人すべてが刑務所に入るわけではない。現在、起訴されなかった人や、裁判で執行猶予・保護観察の処分になった人への支援は手薄だ。 

社会復帰まで伴走する「保護司」

罪を犯した人の更生の裏には、民間人のボランティア・保護司の活躍がある。保護司は面談などを通して犯罪者と向き合い、社会復帰を支援する。海外では、ソーシャルワーカーや弁護士ら専門家が支援の担い手となる例も多い。太田教授は、「職能を生かした専門的な支援が今後鍵となってくるのではないか」と語った。

太田達也教授(写真=提供)

早期介入で再犯を防ぐ

特に、窃盗や薬物使用の犯罪をした人の中には「常習犯」も多い。犯行を繰り返して刑務所に入るころには、依存や問題性が深刻化し、取り返しがつかない事態になっていることもしばしばだ。「更生には、初犯の時点での早期介入が不可欠だ」と太田教授。海外では刑罰の代わりに、社会内プログラムを受けさせる例も存在する。

改正刑法に新設された「拘禁刑」では、受刑者の特性に応じて刑務作業のほか、再犯防止に向けた指導や教育プログラムも実施できる見通しだ。日本でも刑罰にとらわれない柔軟な対応がますます重要視されるだろう。

出所者に立ちはだかる「就労」の壁

生活面にとどまらず、刑務所出所者の働く場の確保も喫緊の課題だ。出所者の雇用促進のため、「協力雇用主」の登録制度があるが、そのほとんどを小企業が担う。大企業は雇用に前向きではなく、協力金の拠出にとどまるのが現状だ。「雇用が進まない背景には、体力がない・人間関係がうまくいかないなど、出所者の側に問題があることも多い」と太田教授は語る。「もちろん、努力している出所者もいるので、社会の側が犯罪者を雇うことを批判しない環境づくりも大切だ」と続けた。

学生へ「リアルな体験を」

犯罪者との共生は大切だと頭ではわかっていても、実際に行動に移すことは難しい。太田教授は、「刑務所や少年院の見学をすると、理屈では味わえない学びを得られる。犯罪の分野だけに限らず、ぜひ学生にはリアルな体験を積み、考えを深めてもらいたい」と語った。

一人ひとりが知識を得て、自分に何ができるかを考えることこそ、「社会を明るくする」第一歩になるはずだ。

(菊地愛佳)