《ミャンマーのいま》第一回 ~なぜクーデターは起きたのか~

2021年2月1日。「ミャンマーでクーデター発生」―。一時は大きく報道されたこのニュースだが、現在はなかなか耳にする機会は少なくなってきた。また、ミャンマーという国自体、身近でないという人が多い日本では、遠い異国の出来事のように思えた人も多いのではないだろうか。
今回の連載を通じ、多くの国際問題が立て続けに起こる中、ミャンマーで何が起きたのか「知ること」の一歩になれたら、大変嬉しい。

インタビュー:滝澤三郎氏(元・UNHCR財務局長/UNHCR駐日代表・現東洋英和女学院大学大学院名誉教授)
協力:近田真知子氏(地球市民ACTかながわ /TPAK 代表)

 

ミャンマーのこれまで

ミャンマーってどういう国?

ミャンマーは東アジアに所属し、日本からは7時間あまりで到着できる。

中でも特徴的なのが、多民族国家であるということ。135の少数民族が暮らし、少数民族ごとに言語も文化も宗教も異なる。

滝澤先生にミャンマーの魅力を伺うと、「人のやさしさ」だと語った。ミャンマー国内で災害が起きた際、何時間もかけて支援物資を運ぶ人や街頭で募金を集める人目にしたという。後述するが、こうした「人助け」の精神は今回のクーデターにおいても意味をもたらしたようだ。

 

クーデターではなにが起きたの?

いわば今回のクーデターは、「国軍が国民への影響力を保つため」の実力行使だった。

 

滝澤氏によると「①国軍による天然資源の掌握や軍関連企業からの経済的利益の独占」「②国軍がミャンマーという国を存続させてきたのだという、思い上がり」「③国軍による情報統制」が、ミャンマー国軍がクーデターを起こした背景を考えるうえで重要となるという。

2008年には「議会の4分の1は軍人議員が占める」などと規定した憲法が成立した。憲法改正には議会の4分の3以上の賛成を要するため、軍に不利な憲法の改正を実施することは事実上不可能となり、議会や政権での軍部の影響力は増大化した。

一方、民主化への動きも見られた。2011年に就任した文民初の大統領テインセインは、「貧困解消」「地方分権」「汚職撲滅」などを掲げた政策を実施し、民主化に向け大きく前進した。

ミャンマーでは5年ごとに総選挙が行われる。2015年・2020年の総選挙では、軍の短期間の選挙活動は効果を発揮せず、アウンサンスーチー氏率いる、国民民主連盟(以下、NLD)が大勝したことによって、軍部の影響力が弱まり、憲法改正も現実味を帯びてきていた。民主化の動きが加速化することを恐れた軍部の中で焦りが生まれ、今回のクーデターにつながった。

 

クーデターから1年が経過した、ミャンマーのいま

滝澤氏によると、首都ネピドーでは現在は抗議活動などもなくなり、表面的には落ち着いている様子だという。クーデター当初は頻繫に切れていたインターネット回線も安定している。滝澤氏の現地の友人も、社員旅行やゴルフに行くなどクーデター以前のような日常をフェイスブックに投稿することが増えてきたという。

その一方で、少数民族地帯での武装抵抗が激化し、先日も19歳の少女に反逆罪で懲役10年の実刑判決が下るなど、国軍に反発する行動をすると見せしめにするかのような動きも続いている。ミャンマーの民主活動家にとっては、長い冬の時代が到来しているといえるだろう。

 

また、欧米諸国を中心とした長期化する経済制裁により市井の人々にも影響が出始めているという。農業人口が多く、もともと年収は高くなかったが、海外企業の積極的な参入により、クーデター以前は将来的に収入の増加は見込めるものだった。しかし、クーデター後にはその希望がなくなり、失業者が増加したという。

ミャンマーでは失業保険などの社会保障制度が充実していない。また、国家の徴税システムも十分に機能していないため、政府は苦しい財政運営を迫られている。そんなミャンマー社会を支えているのが、英国の慈善団体「チャリティーエイド基金が発表している「人助け指数」がアメリカと並んでトップクラスの国民性だ。自らの収入が低くてもさらなる貧困者への施しをする(仏教の喜捨の文化が影響している)という国民性はクーデター政権下においても、有効なようだ。

しかし昨年5月には、国連開発計画(UNDP)が昨年末までにミャンマー国民の50%近くが貧困になる見通しだと発表。軍事政権下でのミャンマー国民の生活は改善の見通しが立たない。

 

ミャンマーのこれから

3月1日、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)はミャンマー国内でクーデター後、45万人の難民が発生したと発表した。滝澤氏によると、現在も抗議活動に積極的に身を投じ、指名手配されている若者などが日本を含め、欧米諸国への亡命を望んでいるという。

 

教授は今後ミャンマー情勢の見通しは立たないとしつつも、民主化を経験した、多くの若い世代が現状を変えてくれることに期待している。2011年から2020年までの約10年間を、民主化された自由なミャンマーで過ごした若者たちは、所得の増大、海外での労働などさまざまな夢を突然絶たれることとなった。

今後ミャンマーの国がどうなるかはなかなか見通しが立たないが、自由を知った若者たちが新たな夢をつかめる日がくることを切に祈る。