《ミャンマーのいま》 第二回~クーデター下の教育~

2021年2月1日にミャンマーで起きた、国軍によるクーデター。大きく報道されたこのニュースも最近は報道される日が少なくなってきている。

本連載では、いくつかの視点に分け、クーデターについて、また現在のミャンマーについて考えていきたい。

(第1回目はこちらから。クーデターはなぜ起きたのか、元・UNHCR駐日代表の滝澤三郎氏にインタビューしました。)


第2回目は、クーデター下でのミャンマーの「教育」に焦点をあて、20年以上にわたり、ミャンマーにて小・中学校や寮などの立ち上げに携わってきた、近田真知子氏に現状を聞いた。現在現地では、軍との関係性の良し悪しによって、民族間で格差が拡大しているという。

近田氏:左から2番目
タイにて、カレン族の先生たちと(写真=提供)

ミャンマーの教育の歴史

ミャンマーの政策において、「教育」は後回しにされてきた歴史がある。

 

1988年に起きた、通称「8888事件」では、多くの若者が当時の社会主義政権(ネウィンを中心とする国軍政権)に反発し、民主化を求めるために立ち上がった。それを制圧するために、国軍の勢力が強くなっていったわけだが、教育により学問を身に付けた若者が軍に反発しているのだと、教育に対して、マイナスの考え方が軍部に広がったと考えられる。

事実、「8888事件」を制圧するために国軍は政権での影響力を強め、全権を掌握したのちには大学が長期間にわたって、閉鎖された

また、ミャンマーでは軍事政権下より、丸暗記式の教育が重視され意見を持つことは望まれなかったという。しかし、2011年以降の民政移管後では、文科委員会で教育制度を変えたいと教科書の改編など前向きな動きも見られた。しかし、この動きも今回のクーデターにより、頓挫したことが予想されている。

 

残る課題

近田氏は、「制度としての義務教育が確立されていないこと」、また「民族ごとに教育格差が大きいこと」が最大の問題だと指摘する。

義務教育がないため、教科書も不十分である科目は、国数理社英だが、それぞれ簡易的なもの。また、ビルマ族が住む最大都市、ヤンゴン近郊では、高校まで進学できる人が多い一方で、少数民族では小学校すら卒業できない人も多く、地域や民族による格差が目立っているという。

実際に、2013年のデータ(近田氏の論文より)では、小学校の卒業率は48%。入学した人の半分以上が退学している。小学校の退学理由は、先生がいない、学校設備が整っていないなどさまざまだが、都市部から離れた少数民族の町では、一人の先生がすべての教科・すべての学年を担当していることも多い。

また、山間部に住む生徒では、舗装されていない道路を何時間も歩いて通学するケースも多く、交通事故なども後を絶たない。その結果退学を余儀なくされたケースもあった。

 

クーデター後のミャンマーの教育

近田氏によると、軍部はクーデター以降、ミャンマー全土の国民に対し、「100%小学校に進学するよう」求めたという。軍事政権が国際社会から、厳しい批判の声を浴びる中、評価を回復するためとみられている。しかし、実際は教科書も文具も足りておらず、実現にはほど遠い状況だ。

 

また、今回のクーデターにおいて、さらに民族ごとに格差が広がっているという。今回は、カレン族・チン族・パオ族の3民族について触れていきたい。

 

【カレン族】

カレン族は、カレン州・カヤ―州で暮らす少数民族。キリスト教を信仰している人も多いため、独立心が強く、以前から政府とは協調してこなかった。

そのため、今回のクーデター後も独自の軍を使った、ミャンマー軍との戦闘の激化し、隣国のタイへ難民として、住民の多くが流出した。教育についてはいうまでもないが、充実した環境がとれていないという。

 

【チン族】

チン族はインドとの国境に接するチン州に住んでいる。崖のような切り立った山の中に住んでいるという地理上の理由から、ミャンマーの中でも最貧レベルの州の一つであるという。

今回のクーデターにおいて、チン州のミンダは激しい空爆の対象となった。その結果、小学校も全壊。子どもたちの多くはインドへ避難するなどした。戻ってきている子どももいるが、軍部が求めている学校の再開は校舎も教科書も文房具もない今、厳しい状況だ。

近田氏によると、その中でも先生の熱は冷めず、日本から文房具などの支援をするなどして小学校再開を望んでいるという。

チン州の現在の小学校。空爆により校舎が全壊したため、仮校舎を建て教育を続けている。(写真=提供)
【パオ族】

最後は、パオ族である。パオ族はシャン州に暮らす民族で、ミャンマーに暮らす民族では人口が多い方だ。敬虔な仏教徒が多く、毎月の新月と満月のときには村の寺に村民全員が集まり、仏事を行うという。

パオ族の若者たち(撮影=近田氏)

パオ族独自の軍隊は1948年にミャンマー連邦が成立した際、国軍との友好条約を結んだ。それ以来、国軍と深い付き合いがあり、国軍側に相当数のパオ族軍兵士を提供しているため、実質人質をとられている状態だという。近田氏は「軍 vs 国民という構図だけでなく、少数民族 vs 少数民族という構図も発生していることで今回のクーデターは複雑さを増している」と話した。

国軍側と手をつないでいるために、攻撃の対象となってこなかったパオ族では、普段通りの教育が続けられているという。

 

「人の熱でもって、教育が行われている状態」――と近田氏は語る。貧困を抜け出す一歩は教育から。

 

若い世代が多い国だからこそ、平等に教育の権利が行使できる国であってほしい。