振り返る・慶應の寅年

2022年は寅年。現在の慶大生にとっては2回目に迎える干支である人も多いだろうが、1858年に創立した慶應義塾にとっては、もう14回目の寅年である。ここで、慶應義塾における寅年の主な歴史を振り返ってみたい。

1890年 大学部発足

慶應義塾に文学・理財・法律の3科が設置されたのは同年1月だった。修業年限は3年と定められ、各科の主任教師には、当時のハーバード大学総長の推薦によって外国人教師が迎えられた。東京大学に法・文・医・理・工の各分科が発足したことも福澤に大きな影響を与えたと言われている。初年度の合格者は、文学科20名、理財科30名、法律科9名と、なんとも狭き門だったようだ。

1926年 「塾監局」

三田キャンパスに東門から入ると、旧図書館とメディアセンターの間に見えるレンガ造りゴシック風の建物。これが「塾監局」であり、同年に竣工したものだ。名は「義塾の事務全般を担う組織」という意味を含み、若き日の福澤が学んだ適塾の管理組織の名にも由来すると言われている。関東大震災の被害を受けた第一講堂の跡地に建てられ、現在に至るまで、静かにキャンパスを見守っている。

1938年 送球倶楽部発会式

現在の慶應義塾体育会ハンドボール部は、日本初の大学ハンドボール部として創立された。一九三七年に創立総会を開催すると、翌年発会式を挙行。初代主将は外山准二だ。ラグビー経験者の彼を筆頭とし、当初は様々な球技の経験者の寄せ集めで結成された。本倶楽部発足に伴い、他大学でもハンドボール部が創立されたという。

1974年 図書館ステンドグラスの復興

大戦によって多くのものが失われた慶應義塾。一九一二年の図書館開館時に設置されたステンドグラス(原画・和田英作、制作・小川三知)もその一つだった。この中央階段の大窓は、小川の元で学び、当時制作に携わった大竹龍蔵によって復元されることとなる。そして、同年12月10日、復興除幕式が行われた。ステンドグラス下部にはラテン語で「ペンは剣よりも強し」と記され、鮮やかな三田のシンボルとなった。

2010年 SFC20周年記念式典、福澤諭吉生誕175年記念式典

長い歴史の中で、慶ばしい出来事も、時には暗い出来事も経験しながら、福澤の教えとともに歩んできた本塾。この寅年にどのような歴史が刻まれるのか、とても楽しみだ。

(西室美波)