おしらさんは、慶大法学部を卒業後、ボイストレーナーとして活躍している。2年前、YouTubeにて、「しらスタ【歌唱力向上委員会】」というチャンネルを開設。歌い方を解説する動画が人気を博し、その登録者は140万人を超える。

記者の興味のあるものを深堀する連載企画「好きの1ページ」。第5回となる今回は、おしらさんの魅力に迫る。

歌とともにあった学生生活

おしらさんは塾生時代、アカペラサークル「WALKMEN」に所属し、ハモネプ出場を果たした。一緒に歌う友達が欲しかったので、アカペラを始めることに決めたという。歌好きが集まる場としてのアカペラがすごく楽しかった、とおしらさんは当時を振り返って語った。

「新歓のときに、初めて人前で歌ったら、聞いていた人たちがどよめいたんです。自分がうまいかへたかもわからなくて、馬鹿にされていたのかもわかりませんでした。でも、そのときに歌いけるかもと気づいて、認めてもらえるようになって歌が好きになりました」

一方で、それまでの音楽経験のなさがおしらさんを苦しめることになる。細かい音程の正確さが重視されるアカペラにおいて、おしらさんはコーラスをやるのは無理だと感じたという。「メインボーカルでぶっちぎるしかない」という思いで、朝は早くからキャンパスで自主練、空きコマも放課後も残って歌を歌う日々を過ごした。

それだけ歌に費やす時間があったのも、慶大に入学したからだとおしらさんは語る。もともと、慶大を志望していたわけではなく、入学当初は気分が落ち込んでいた。しかし、勉学にばかり時間を割かなくてもよい慶大だからこそ、歌という道に進むことができたのだ。

慶大卒ボイストレーナーの道

学生時代は、髪を染めており、ピアスがいくつも開いていたというおしらさん。スーツを着て、そのピアスを外してまで、就活をするのが嫌だという一心でボイストレーナーというキャリアを歩み始めた。

得意なことを仕事にしただけだというが、ふたを開けてみれば音大以外の大学を卒業したボイストレーナーは貴重であった。言語化する能力やエビデンスを調べる能力はボイストレーニング(以下、ボイトレ)でも生きた。趣味でボイトレに通う人も増加している。そのような余裕がある人は大卒のことが多い。顧客の多くから信頼を得やすいのも、メリットであった。

学生時代にたくさん時間をかけて、歌に向き合ってきたおしらさん。1を95にする過程は、元から歌のうまい人では経験できない。だからこそ、おしらさんのボイストレーナーとしての腕が光るのだ。

歌唱分析シリーズの裏話

大人気の歌唱分析シリーズでは、歌手の歌い方を完コピするような解説をしている。毎日ラインミュージックやビルボードをはじめとする音楽チャートをチェックし、皆が知っている曲を選ぶ。その中でも、カラオケで歌いたいと思われている曲を動画にするという。聞きたい曲と歌いたい曲の需要が違うこともままある。その差を敏感にキャッチしながら、コンテンツを選んでいるのだ。

さらにおしらさんが大事にしているのは、自分が「アガる」曲かどうかだ。せっかく人様の作品を取り上げているのに、楽しそうじゃないのは歌手に失礼だ。自分のテンションの上がらない曲の解説はしないという。

解説をわかりやすくし、一つでも多く技術を得られるような動画にすることに加え、もう一つ意識していることがあると語る。それは、歌おうと思っていない人でも、見ておもしろい動画にするということだ。

「ゲームをプレイしない人もゲーム実況を見るように、この歌手ってそうなんだ、と知ったかぶれるようになるだけでも良いと思います。歌を練習したい人に向けてだけの動画にならないよう、さじ加減に気を付けて、動画を作っています」

歌手は孤独

コロナ禍により、カラオケに行く人が減った今、歌唱分析シリーズは以前ほど伸びなくなっている。歌を歌いたいという需要はいつ戻るかわからないが、歌を聞きたいという需要はますます大きくなっている。おしらさんは今後、自分以外の歌手の方や解説のできる方を呼び、コラボ動画を積極的に出していきたいと語る。

これまでにもたくさんの歌手の方とコラボしてきたが、そこで感じたのは、「歌手は孤独だ」ということだという。周りにグループのメンバーやプロデューサーなどはいるものの、自分の歌のことを100%理解しているのは自分しかいない。

そんな歌手に、ボイストレーナー的目線から、「ここってこういうことですよね?」と言葉にして表すことができる。歌手の方から「そうそう!そういうこと!」といつも喜んでもらえるという。

歌に自信がないあなたに

少し前から、カラオケハラスメントなどという言葉も現れ、歌うことが好きでも人前で歌うことに後ろ向きになっている人が一定数いることは疑いようがない。しかし、どんな人でも、歌うことの何が好きなのかを一度分析してみるとよいとおしらさんは語る。

「モテたいとか、認めてもらいたいとかだったら、うまくなるしかないし、他人に指摘されることが嫌なら、一人でカラオケに行って、音程も気にせず、好きに歌えばいいんです。私も高校生の頃は、よく一人でカラオケに行っていました。」と笑顔で話した。

うまくなるためには自分で練習しても、他人に習ってもよい。ただ、他人に認められるような歌い方でないといけないという点は注意が必要だ。他人ウケしない歌い方では、いくらうまくても評価してもらえない。ただ、音楽の好みが近い友人であれば、自分の好きな歌で、好きな歌い方をしても認めてもらえるかもしれない。

コロナ禍以前は、「忘年会を乗り切るための一曲」をマスターするために、短期間だけボイトレに来る人も多かった。ボイトレというと、歌手になりたい人やプロの人が来るのかと思われがちだが、それだけではない。ネガティブな理由でボイトレに通ってもいいのだと伝えたい、とおしらさんは語った。

歌がうまくなりたい人も、自分の好きなアーティストがどんな歌い方をしているのか知りたい人も、おしらさんのYouTubeチャンネルをのぞいてみてほしい。

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