サークルの話し合いの約束をうっかり忘れてしまった。書類のファイルの整理ができず、知らないうちにプリントがたまってしまう。バイト先で上司に「適当にやっておいて」と言われたが、「適当に」と言われても何をしていいか分からない。友人との適切な距離感が掴めず、馴れ馴れしくしてしまったり、逆に距離を置きすぎてしまったりする――皆さんにもこのような経験はないだろうか。これらの困りごとは程度の差こそあれ誰にでも起こりうるが、社会生活に支障が出る程まで頻発した場合、それは「発達障害」と呼ばれる。慶大生も例外ではない。あなたは気がついていなかったとしても、発達障害のある塾生は学生生活を送る上で困難を感じている。

 

「発達障害」とは何か

そもそも発達障害とは具体的にどのようなものなのか。『発達障害事典』(日本LD学会編、丸善出版、2016)では以下のように説明されている。発達障害は主に、自閉症スペクトラム(Autism Spectrum Disorder, 以下ASD)と注意欠陥多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder, 以下ADHD)、学習障害(Learning Disabilities, 以下LD)の3つに分類される。まずASDは、「社会性」「コミュニケーション」「想像力」の3つに障害があり、対人関係やコミュニケーションの面で問題を起こしやすい状態を指す。またADHDは忘れっぽい、気が散りやすいなどの不注意的な行動と、じっとしていられない、我慢ができないなどの多動的、衝動的な行動を主症状とする。そしてLDは、知的発達の遅れはないものの、読み書きや計算などに困難を示す状態のことを言う。

いずれの障害にも言えるのは、これらの障害によって起こる社会生活上のトラブルは決して「甘え」などではなく、先天的な脳の特質が原因だということだ。確かにこれらの症状自体は比較的多くの人に見られるが、発達障害のある人の場合、自助努力だけでは対処しきれないために困難を抱えているのだ。

また、これらの障害は幼少期には見過ごされ、大人になって初めて「障害者」と診断されるケースも多い。いわゆる健常者として育った人でも、進学や就職など新しい環境に移ったことで発達障害の特質が明確に現れるようになり、それがきっかけで診断を受けることも十分あり得るのだ。

 

発達障害学生が直面する困難

では、発達障害のある慶大生はどのような場面で困難を感じることが多いのだろうか。発達障害の当事者が昨年立ち上げた団体「慶應発達障害サークル」(Twitter: @keio_hattastsu)のAさん(文4)とBさん(政3)に話を聞いた。

「大学では高校までより自主性が高まる分、その弊害に困ることが多いようです」と、Aさんはある当事者の声を紹介する。具体的には、つい家を出る時間を過ぎてしまうために欠席が多くなってしまうこと、申請書類や提出物などのタスクの自己管理がうまくできないことが挙げられるという。特に提出物や試験勉強などの計画性が求められるタスクに関しては、タイムリミットが迫る危機感から徹夜などでぎりぎりに終わらせることが続くと無意識に「直前に徹夜でやれば終わる」と学習してしまい、徹夜を繰り返すことで生活リズムの崩れや体調の悪化につながることもあるそうだ。また他にも、傘の置き忘れが目立ったり、紙で提出する課題を家に忘れて提出できなくなったりすることや、授業中の集中力の維持が難しいため、自分でも知らないうちに講義の内容を聞いていない状態になってしまったり、メモをうまくとれずリアクションペーパーが書けなかったりすることを挙げた人もいた。

 

発達障害者への接し方

このような発達障害のある学生への接し方について、いわゆる健常者と発達障害者ははっきり区別できるものではないことを前置きした上で、Aさんはこのような声を紹介した。「私たちはあくまで『普通』の人です。発達障害があることを打ち明けても、これまで通りに接してほしいです。ですが、かといって『お前は障害者じゃない』などとは言ってほしくはありません。私たちは実際に困っているので」

Aさん自身は、「もし自分に障害があることを打ち明けたとしたらそれは理由があるからなので、何か失敗してもあまり責めないで『そういう人なんだな』というぐらいに思ってほしい。その上で、例えば何か会う約束をしたときはその時間を念押しするなど、何か配慮してくれると助かる」という。

一方Bさんは、Aさんとは対照的に、「極力特別な配慮はせず普通に接してほしい」という。ただし、これは個々人による問題であり、一人ひとりに合わせて考えてほしいと話してくれた。

 

障害はあなたの問題

取材中、二人は何度も「発達障害がある人といわゆる健常者ははっきりとは区別できない」という点を強調していた。Bさんによれば、発達障害に限らず精神障害や知的障害においては、障害者と健常者の境界はグラデーションのようなもので、障害があるか否かは一概に判断できない場合も多いという。

「障害者は決して自分とは関係のない他者ではなく、いつそうなるかはわからないし、現にあなたは障害者かもしれません。障害のある人のことを自分の問題として考えてほしいです」

 

(髙木瞳)