くらしはデザインで溢れています。しかし、そのほとんどが一般的に「デザイン」としては認識されていません。生活の「当たり前」には、それぞれ意味があります。通年連載を通して、デザインの奥深さをのぞいてみましょう。

休日のドライブ。かけたエンジンの音を聴いて、さあ出発だと気合いを入れる。アクセルを踏み、ぐんぐん加速していくと、自然とテンションが上がるものだ。

このように自動車に乗っていると、私たちは耳に入る音から自然と情報を得ている。そして音からイメージを作っていると言える。

かつて音といえば、いかに「低騒音」を実現するかに研究の重きが置かれていた。だが現在では不快な音を消すのではなく「快音」にする段階へと進み、さらには「機能性」を付与するところにまで視点が広がっている、と中央大学理工学部の戸井武司教授は語る。

中央大学理工学部の戸井武司教授

例えば、高級車のドアを閉める音は、低い重厚な「バフッ」という場合が多い。人はそれを聞くと、その車が重厚感のあるがっちりとしたものであるように感じられる。

しかし本当に重いからその音が出ているとは限らない。近年、低燃費で環境に優しい自動車が志向され、高級車であっても車体の軽さを維持しなければならないからだ。そのため、車体は軽くても重厚感や安心感を感じられるよう、意図的に音を変えているのだ。

さらに音だけを変えたところで価値が上がるわけではない。小型で軽やかに走る車が高級車と同じような重厚な音を発したとしたら違和感を持つだろう。形状や色といった視覚的側面と音の相互作用によってはじめて効果は発揮できる。

実際に製品に適した音を作るには、「評価」から始まる。「加速時のエンジン音」といったシーン別で現状の音を聴いて評価。それを元により理想に近づける。音質調整の結果得られるのが「目標音質」。音楽家がシンセサイザーで音を作るのに似た作業だ。

目標音質ができれば、いかに実現させるかを考える。楽器の製造と同じように、その音を作るモーターなどの設計を変えることが基本だが、中にはスピーカーで音を打ち消したり加えたりするものもある。この手法は「アクティブサウンドコントロール」と呼ばれる。

ただ、電気自動車のようにとても小さい音しか発さない製品の音創りは難しいという。ガソリン車とくらべ、走っている感じがないなどという声もあり、音創りが課題となっている分野でもある。「当初、メーカーからは『宇宙戦艦ヤマト』が動くようなイメージの音と言われた。従来のエンジン音を想起させつつ、近未来の音を創り出す必要がある」と戸井教授は話す。

さらに、同じ車内にいても席によって音の聴こえ方を変える「サウンドパーティション」の技術も実現しつつある。ドライバーは運転に集中でき、同乗者はよりくつろげる空間を作る。それぞれのニーズに合わせることで音は空間の価値を上げることもできる。

「思わぬところまでサウンドデザインに気を使っていますよ」と話す戸井教授。ドライブを終えて帰宅すると聴こえる、部屋のエアコンの音、掃除機の音、パソコンのキーボードを打つ音……。これらもまたデザインされた音であり、私たちは無意識のうちに意図された音空間にいる。

▶戸井教授のHPでは、音を快音化したり、機能性を付与させる「デザイン」について、実際に音を聴くことで体験できます。詳しくはこちら




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これまで1年を通して、くらしのデザインを一緒にのぞいてきました。普段当たり前のように眺めているものにはどれも、裏側にデザインした人の様々な意図や想いが込められていました。しかし、デザインの裏側は一つ一つをまとめてひとくくりに語ることができないくらいに多様です。だから、ここで紹介しているものはごく一部でしかありません。

デザインは奥深い。くらしのデザインに終わりはないのです。

(杉浦満ちる)