コラム

 時刻はもうすでに深夜0時を回っていたが、渋谷の街は人々の熱気で溢れかえっていた―。

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 2006年6月23日。この日は、日本時間の早朝から、FIFAワールドカップドイツ大会・予選F組の日本対ブラジルの試合が行われることになっていた。それまでの予選2試合で見せた日本代表のふがいない戦いっぷりにご立腹の日本国民もさぞかし多かったろう。しかも予選最後の相手は王者・ブラジル、加えてグループリーグ突破には2点差以上の勝利が最低条件とあって、マスコミ各局も「楽しく、そして悔いのない試合を」とのたまうのが精一杯。しかし、こんな絶望的な状況下でも、筆者含め日本代表を愛する自称『サッカーバカ』は、皆一様に日本代表のユニフォームを身にまとい、この夜渋谷の街に集結したのである。我らが日本代表に一縷の望みを託して……。

 午前2時。普段は人でごった返すハチ公前で、警察を尻目にサッカーに興じる数人の若者たち。その中に、マークスという自分と同じ年くらいの外国人を発見した。彼は3年前に日本にやって来たが、「日本の雰囲気にやられて」結局そのまま日本に住みついてしまったそうだ。日本国旗のペインティングが施された右手の拳をわれわれのカメラに向かって突き出し、何度も「日本最高!」と叫ぶ彼。普段はナショナリストでもなんでもない筆者も、この時ばかりは純粋に嬉しかったのを覚えている。

 午前3時。マークスとのフォトセッション(?)やスクランブル交差点付近で騒いでいた日本人サポーターを写真に収めたところで、仲間と事前に予約していた居酒屋へと向かう。店内は予想以上に狭く、しかも肝心のテレビ画面がやたら小さいという、PV(パブリックビューイング)とは程遠い劣悪な環境下にあった。しかし、直前に迫った試合への高揚感には勝てず、われわれはそんな密室空間での試合観戦を決意する。  

 午前4時、運命のキックオフ。ビールが注がれたジョッキ片手に、祈りにも似た思いで「ニッポン」コールをひたすら繰り返す。われわれサポーターの熱い思いは時空間を超越し、ついに日本代表FW玉田圭司の左足に乗り移った―。彼の左足から放たれたボール。その軌道は、寸分の狂いもなくブラジルのゴールネット右隅を捉えたのである。 

 玉田のゴールで、突如カオス状態に陥った店内。筆者も、喜びのあまり誰彼なくいろんな人と抱き合った。だが、残念ながらこれが、日本サポーターにとってこの日最初で最後の歓喜の瞬間となってしまった。

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 午前6時。激しい虚脱感に襲われ、居酒屋をあとにする。白ばみはじめた空。感覚の剥離。疲れという疲れが一気に押し寄せてくる。刹那の歓喜、そして深い絶望―。

 渋谷の街はいつもと変わらぬ朝を迎えていた。

(安藤貴文)