塾生、ヨセミテに挑む①

人はなぜ山に登るのか。今まさにアメリカはヨセミテ国立公園でクライミングに挑む1人の塾生がいる。塾生新聞会は自然の驚異とロマンに挑む駒井祐介さん(政3)の冒険を追いかける。

初回となる今回はハーフドームに登頂した駒井さんの登山記をお届けする。


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米国カリフォルニア州にある、ヨセミテ国立公園をご存知だろうか。観光客に人気のハーフドーム、エルキャピタンといった、日本国内ではまず見られない超巨大な花崗岩群の立ち並ぶ、米国を代表する国立公園のひとつだ。

その岩の壮大なスケールゆえ、ヨセミテは世界中のロッククライマーにとって夢の舞台である。クライミング発展の地としても知られ、より高く、より困難なクライミングを求める者たちの間で、しばしば聖地とも称されることがある。

法学部政治学科3年および慶應義塾体育会山岳部3年の僕は、現在カリフォルニアに留学中である。先日友人から、大学にはちゃんと通っているのかとフェイスブックを通じて聞かれた。大学には留学という形で通っている。しかし友人たちがこうした疑問を抱くのも無理はない。一番の目的は、ここカリフォルニアでクライミングをするためである。ヨセミテのビッグウォールに備えるべく、毎週末岩場へ赴きトレーニングをし、いつしか岩を登っている写真しかSNSに投稿しなくなってしまったからだろう。

カリフォルニアのクライマーの間でRocktoberなどといわれるほど、10月はクライミングのベストシーズンである。そして2016年10月、体育会山岳部現役部員として、僕はヨセミテの地にそびえ立つ大きな壁に挑んできた。ここにその興奮と感動を共有すべく、自分の体験を語ろうと思う。

まるで地上に浮き出た半球を、鋭いナイフで切り落としたかのような美しいエッジが特徴的なハーフドーム。南側には一般観光客も登ることが可能なケーブルトレイルが整備されているが、我々クライマーが「登る」と言った場合もちろん垂直な北壁を指す。

頂上は標高2694メートルにも達し、取りつきまでのアルパインチックなアプローチにかなりの時間を要するため、北米における総合的なルートの代表格とされる。僕が登るラインは、1957年にRoyal Robbinsらが初登し、クライミングの世界を大きく動かした歴史的なルート、Regular Northwest Faceである。

Half Dome Villageの駐車場で必要なギアを整理し、4時間かけて岩壁の麓まで歩く。翌朝のクライミングに備え、早めに寝袋に入る。朝5時にふと目を覚ますと、壁に数本の光の帯を見た。乱視の強い僕は、先にいたパーティがヘッドランプを着けて登り始めているのかと思った。ザックをあさり眼鏡をかけると、そこには自然が作り出す美しさの極みが到来していた。

数日前の雨で溜まった水が岩から染み出し、そこに早朝の満月がやさしく光を落とす光景は、大自然からの歓迎のように感じられた。辺りが明るくなり始める前に寝袋を片付け、我々は登る準備を進めた。

一足先に麓に到着していたドイツ人とオーストラリア人のパーティを見送り、7時に登り始める。最初の9ピッチは連続で自分がリードすることになっている。パートナーのオースティンは体が大きく、体格を活かせるセクションまで温存である。大きく横に移動するボルトラダーの10ピッチ目で、オースティンとリーダーを交代する。

昨年の大崩落で、ルートの内容が著しく変わってしまった箇所がある。本来あった岩の表面が丸ごと剥がれ落ちてしまったため、このRegular Northwest Faceの11ピッチ目では通称「ノット・スロー」などと呼ばれている技術を駆使しなければならない。ロープの先に結び目を作り、それを4メートルほど横に離れた岩の割れ目に投げ込むのである。上手く引っかかったらロープにテンションを掛け、その割れ目の真下数メートルまでロープ一本で降下し、また空に向かって登りはじめる。なお、このとき地上400メートルほどのポイントであろう。

再びリーダーを交代し、「SASUKE」のファイナルステージのような、1メートルほどの向かい合った壁の間を自分がリードする。クラックが大きすぎてしばらくプロテクションが取れず、緊張の瞬間が絶えず続く。連続した核心部を越え、2メートルほど壁の外に突き出たレッジに腰を下ろす。息も上がり、喉が異常に渇き、パートナーへの「Off belay!」の合図が上手く声に出ない。20分ほど待って、フォロワーのバックパックに入った水を飲む。