フランス王妃マリー・アントワネットの真実の姿

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マリー・アントワネットを知らない人は多分いないだろう。しかし、なぜフランスの一王妃に過ぎない彼女が現代においてもなお人々を惹きつけてやまないのか、考えたことはあるだろうか。日本では漫画『ベルサイユのばら』で一気に有名になったマリー・アントワネット。宝塚で1970年代から毎年のように上演されていることも、彼女の人気が今尚衰えていないことを示している。そこで今回、アントワネットについての本を多数翻訳・執筆している中野京子氏に話を聞き、王妃の魅力に迫った。

マリー・アントワネットといえばまず浪費家、傲慢などの印象を持つ人が多い。果たしてそれは正しい姿なのだろうか。中野氏は「正しい」と評した。当時のフランスは膨大な赤字を抱えていたにも関わらず、ファッションや賭け事、王妃の「聖殿」小トリアノンに予算を費やしたのは有名な話だ。だが一番の問題は、彼女がすでに廃れつつあった絶対王政に固執していたことだ。フランスの財政破綻を知りながらも貴族への課税に反対し、革命勃発後においては革命派の情報を他国に流していた。

しかし、だからと言って彼女のしたことが完全に悪であったかというと、それも違うという。というのも、アントワネットが置かれた立場は、平等が当たり前の社会に生きる我々とは全く異なる。「これは今の私たちの考えだけで判断してはいけないことだと思います。当時は絶対王政が正しいものだと思われていました。それこそが国を守ると思っていたから、絶対王政を守ろうとしたのです」

フランス革命は絶対王政打倒を目指した。そこで革命派は「赤字夫人」「オーストリア女」などのあだ名のイメージを利用し、アントワネットをスケープゴートにすることで民衆を焚きつけたのだ。そして革命勃発から約4年後、王政は廃止され共和制が樹立し、ルイ16世、アントワネットと裁判にかけられギロチンの刑に処せられた。それなりに敬意が払われた王とは比べ物にならないほど、彼女の最期は悲惨なものだった。もはや民衆からの好意はないに等しかった彼女は想像を絶する辱めを受けながら断頭台の露となったのだ。

だが実際は、彼女は革命派が思い描いていたような悪女ではなく、ごく平凡な人物だった。それを裏付けるように、幼少期のエピソードに目立ったものはほとんどない。音楽の都ウィーンで生まれたのにも関わらず音楽は苦手。勉強嫌いで、踊りが上手。それがマリー・アントワネットなのだ。

しかし、幸か不幸か、フランス革命が平凡だった彼女を歴史に残る何者かに変え、以後何百年にも渡り人々を惹きつけるようになったのだ。中野氏が翻訳したツヴァイク著『マリー・アントワネット』の冒頭に、人を感動させるものには2種類あると書かれている。一つは、ナポレオンやベートーベンのように天与の才を持っている人がそれを貫くに至ること。そしてもう一つは、平凡な人間が歴史の激動の中で何者であるかを知ることだ。アントワネットはまさに後者の典型である。

「アントワネットはスターだと思います」。一番知ってほしいマリー・アントワネットの一面を尋ねたところ、中野氏はこう答えた。「彼女がいないフランス革命というのはなかなか攻めどころがなくなっちゃうじゃないですか。革命側から見ても敵として十分。そして王妃側から見ても殉教者になるにふさわしい最期をやりのけたのです」。彼女には革命に絡んだ数々のエピソードが存在するが、もちろんその全てが事実であるわけではない。しかし「そうかもしれない」と人々に信じさせるほどのスター性がアントワネットにはある、そう中野氏は語った。

平凡な人間から威厳ある王妃へと変貌を遂げたフランス王妃マリー・アントワネット。「ロココの薔薇」の名前にも負けない彼女の魅力は様々な価値観や時代を超えて輝き続ける。
(船木杏奈)


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