喊声 7月号

写真は客観的な事実を記録できるメディアとして、報道や歴史研究の場で大きな役割を果たしてきた。今や写真がない世の中は想像できない。私たちは日常生活の中で何気なく写真を見て、写真を撮っている

▼私のような一般人はなぜ写真を撮ろうとするのだろうか。それはやはり、見たものを見たまま形に残るものとして手元に置いておきたいという思いからだろう。気軽に写真を撮れるスマートフォンの登場は、人々の写真撮影熱に拍車を掛けている

▼観光地に行けば記念撮影をし、美しい景色に出会えばいつの間にかカメラに手を伸ばしている。しかし時として気付かされるだろう。写真を撮ろうとするあまり、現実上の光景ではなくカメラのレンズの中やスマートフォンの画面ばかりを見つめている自分がいることに

▼たしかにアルバムの中の写真を見返すことで私たちは過去の出来事を思い出し、懐かしむことができる。しかし、綺麗な風景を見た時の感動や興奮を写真に収めることもできなければ、食べ物のにおいや味を写真に封じ込めることもできない

▼20世紀前半に活躍した写真家の名取洋之助はこう言った。「フィルムに残されている場面は切れ切れの、一瞬にすぎない」

▼一瞬の場面を切り取ることを生業にしている写真家でさえこう言うのだ。彼の言うように写真が映し出すものはごく一瞬の、そして一部分の場面でしかない。思い出を作るためにただシャッターを切るのではなく、自分なりに見たこと、感じたことを心の中にしっかりとどめながら毎日を過ごしていきたいものだ。
(榊原里帆)