12月4日・準々決勝 vs天理大学 ○ 87―75

『そろそろ慶應戦の詳細をお願いします』――。

早大戦後の記事をこのサイトにアップする直前、1学年下の編集長から送られてきたメールは、その一文で締めくくられていた。「確かにそれはそうだが、他の出来事が気になってしまって、第一あんな一方的な試合の内容の詳細を書いても仕方ないだろ……」。そう心の中でつぶやく一方、「今日の記事では恐らく試合の詳細には言及せざるを得ないだろう」という思いが沸き上がった。慶大vs天理大。前回のレポートでは、慶大が本来のスタイルを貫けば勝てる、と書いたが、勝負は何が起こるか分からない。結果として点差が開くことになっても、40分間のうちで点差が均衡する場面はあるだろう。どんなに自信がある風に記事を書いたところで、本当にそういう結果になるか、実は内心ヒヤヒヤなのである。

私がそういう思いを抱える中、16時20分、代々木第二体育館で準々決勝注目の一番がティップオフとなった。

“サンバだけじゃない!前半に光った天理大・根来。”

先制したのは天理大。#4野口のシュートだった。前日の東海大戦で序盤に12―0というスコアを刻んだ天理大には、恐らくこの日も序盤に慶大を突き放そうという思惑があったはずだ。しかし慶大はその二の舞にならず、直後に#7岩下(2年・芝)が#10サンバからバスカンを獲得。#10サンバとのマッチアップどうなるのか、という誰もが抱いているであろう期待なのか不安なのか良く分からない思いを跳ね返すかのようなプレーに、否が応でも慶大の応援席は盛り上がる。それどころか#7岩下と#10サンバのマッチアップは互角、いや、あるいは#7岩下が上回っていると言っても良かった。バスカンの直後には#16二ノ宮(2年・京北)のアシストからシュートを決めて、慶大にリードをもたらした。慶大は開始2分で#9小林(3年・福岡大附大濠)が2ファールとなるが、#7岩下の頑張りに触発されたかのように#16二ノ宮がディフェンスで頑張って相手のファンブルを誘い、キックボールバイオレーションでマイボールにするという気持ちのこもったプレーを展開。#11田上(3年・筑紫丘)のフェイダウェイや速攻で#16二ノ宮が決めるなどして、開始4分で14―6と先制パンチには成功したように思えた。

#10サンバを相手に一歩も引けを取らなかった#7岩下。岩下もサンバも、マッチアップは「楽しかった」。
#10サンバを相手に一歩も引けを取らなかった#7岩下。岩下もサンバも、マッチアップは「楽しかった」。

だが、#13酒井(2年・福岡大附大濠)のファールから流れが変わる。天理大は#4野口が3Pを決めると、#10サンバとともにインサイドを固める#15根来(ねごろ)の連続得点で慶大を猛追。#10サンバの#13酒井からのバスカンで一気に14―15と逆転に成功した。

この日の前半、天理大のポイントとなったのは、#15根来だった。195センチという身長で#13酒井などとはミスマッチとなり、シュートタッチが良いのか積極的にシュートを放ち、決めていく。

「#15根来がやってくれて、彼が(頑張ってくれて)結構助かったと思う。それで面白い試合(になったと思う)」(天理大#10サンバ)

「15番(根来)の印象はリバウンドなので、リバウンドだけをおさえようと思ったら意外に外も入って、リバウンドでも多少やられてしまいました」(#13酒井)

#10サンバにアリウープを決められたものの、ミドルシュートやバックシュートを沈め、ディフェンスではダブルチームで他の選手のヘルプがあったこととは言えトラベリングを奪うなど一歩も引けを取らない#7岩下に対し、他の選手は前半、マッチアップ相手である#15根来に苦しめられた。1Qは16―17と1点ビハインド、2Qは42―40で2点リードと、競った展開が続いていくまま、ハーフタイムを迎えた。

“一進一退の攻防……。それでも、最後までリードを許さず。”
レイアップに行く#16二ノ宮。追い上げられる場面で放つシュートは落ちず。
レイアップに行く#16二ノ宮。追い上げられる場面で放つシュートは落ちず。

後半に入っても競った展開は変わらない。天理大は相変わらず#15根来が好調なのに対し、慶大は、前半はファールトラブルに陥っていた#9小林が#16二ノ宮のアシストパスからバックシュートを決め、この日それまで当たりの無かった3Pをきっちり沈めた。

ただ、その競り合う展開に変化が見え始める。慶大は#7岩下がシュートを決めた直後の3Q4分、#13酒井がバスカンを獲得。ここからじわじわと点差が離れ始めた。慶大はオフェンスで24秒を取られるなど決して万全な流れでは無いが、要所で#11田上と#16二ノ宮がゴールを射抜く。ここで大きかったのは、3Q7分の場面だった。ボールをもらってダンクに行った#10サンバだが、#7岩下のディフェンスが効きボールはバスケットに収まらずにリングからこぼれかけた。#10サンバはリングに手をかけたままボールを押し込もうとするが、これがテクニカルファール。9分には、ポイントとなっていた#15根来が3ファールとやや苦しくなる。3Q終了間際には#10サンバが3秒オーバータイム。ミスの続く天理大をよそに慶大は着々と得点を重ね、65―57と、リードを広げて4Qに突入することとなった。

「向こうは(慶大の速い展開に)ディフェンスでついてこれないですよね。ハーフコートならいいけど、スリークォーターバスケットの時からついてこれない。で、それに対して手を出してる。ああいうバスケットには絶対負けられない。そこは強気でシュートを打つんだよ、というのが良かったですね」(佐々木HC)

最終4Q、相手も粘りを見せ#10サンバがバスカンを獲得すると天理大に流れが傾いた。続けてまた#10サンバが決め、#5呉田が3Pで続き69―66。ここからは手に汗握る攻防になった。#16二ノ宮がこの踏ん張りどころで2本のシュートを決め、1分間で点差を7点に戻す。一方の天理大も沈まずに、またもや#10サンバ、#15根来、もう一度#10サンバと2点ずつ決め、残り4分半でとうとう1点差。何度突き放してくる相手に慶大も折れそうになるところだ。しかし、ここで光ったのは#11田上。安定感を感じさせるシュートはバスケットに収まり、3点差とした。さらに慶大は#7岩下が執念で2本のシュートを決め、試合時間残り1分52秒で79―72。天理大はたまらず、残された最後のタイムアウトのカードを切った。

最後の1分間で天理大に引導を渡す7得点。ファールトラブルに陥りながらも、#13酒井が存在感を示した。
最後の1分間で天理大に引導を渡す7得点。ファールトラブルに陥りながらも、#13酒井が存在感を示した。

「(リードを最後まで与えなかったが)僕はそれを一番具現化してるのはタノ(#11田上)だと思ってて、タノが良いところでシュートを打つんだよね。サインプレーの中で『ドライブをかけていいよ』って言う時も、きっちりドライブをかけていく。こっちから言うことがきちんと聞こえてるんですよ。それが大きい。タノの頑張り。あとはニノ(#16二ノ宮)がだいぶ安定してきたかな」(佐々木HC)

「タノがあそこの相当厳しいところでシュートを決めたりアシストを決めてくれたのでオフェンス面ではタノがすごく貢献してくれたかな、と思います」(#4鈴木、4年・仙台二)

タイムアウト開け、天理大は何とか7点差を埋めたいが、#10サンバのゴール下は#7岩下のディフェンスが効いてこぼれ、慶大ボールとなる。慶大は#16二ノ宮がきっちりボールをコントロールし、24秒ぎりぎりでシュート。これは外れてしまうが、#10サンバをかいくぐってオフェンスリバウンドを保持した慶大はボールを繋ぎ、残り37秒となったところで#13酒井がダメ押しとなる3Pを決めた。必死に追い上げを図る天理大は#21清水が3Pを決め返したものの、またもや#13酒井が3Pを沈め、最後はゴール下をねじ込んだ。

「1本目決めて、勝ちかなって思ったんですけど、下手なことをしたら僕のマークに対して3Pを返されて。1年坊には負けないっていう気持ちなんで。それで決め返して、そしたら、チームメイトとか大祐さん(#9小林)とかも笑顔だったんで、やっぱ嬉しいですね。いやぁ、おいしいところを持って行ってしまったなっていう、そういうことばっかり考えてました(笑)」(#13酒井)

接戦だったとはいえ最終局面では慶大の強さのみが強調される形となった。ブザーが響き、慶大の2年ぶりの準決勝進出が決まった。

“勝因は岩下の奮闘。そして、チーム全体の成長も感じられた。”

この試合、勝因として挙げられるのは、まず何と言っても#7岩下が#10サンバ相手に大活躍を見せたことだろう。#7岩下自身はさらりと「#10サンバとのマッチアップは楽しかった」と話すが、3Q途中からは疲れた表情を見せるなど、厳しい相手だったに違いない。そんな中、#10サンバには28得点を許したが、#7岩下自身も20得点を記録。リバウンドは9本なのに対し#10サンバは22本と大きく水をあけられ、これがほとんどチーム全体のリバウンド数の差に表れた形だが(慶大39本、天理大48本)、サンバから7つのターンオーバーを誘い、ブロックは9本も記録した。特に体力が限界に達していたであろう試合終盤、#10サンバ相手に見せた立て続けのブロックは圧巻だった。これほど激しくプレーしたにも関わらず、ファールは4Q後半に立て続けに記録した2つだけ。セルフコントロールが出来たことも、善戦の要因だ。

「岩下が相手の10番(サンバ)を相当抑えて、奪われかけたところもまとめていって。岩下の活躍が大きかったです」(#4鈴木)

「本当にタツ(#7岩下)は頑張ってくれて。あいつもあんなに背の高い選手とやることはあまり無いんで、(#10サンバとのマッチアップを)楽しんでたんじゃないかなと思います。僕も試合に出場しながら、こういうチームとやる機会はあまりないので、すごい楽しみながらやっていたな、という部分は結構ありましたね」(#11田上)

#16二ノ宮同様、#11田上も苦しい場面でシュートを決めてチームを救った。
#16二ノ宮同様、#11田上も苦しい場面でシュートを決めてチームを救った。

その#7岩下の#10サンバ封じ以上に慶大の強さを感じたのが、試合後半の試合展開だった。天理大が何度も追い付こうとするところで、慶大は#11田上と#16二ノ宮のシュートが良く入った。
残り4分半で1点差となった時、私の脳裏に1年前のインカレが思い起こされた。2回戦の日大戦。慶大は残り5分で8点のリードを奪っていた。ここから日大がフォワードの種市のシュートを中心に猛追を見せる。慶大も小林が3Pを決めて逃げ切りを図るが、オフェンスの選択肢がほぼ小林に限られていた慶大に対し、日大は「そんなことはお見通し」と言わんばかりに小林のターンオーバーを誘う。日大の猛攻に慶大は成す術なし。最後は岩下が5ファールで退場となり、万事休すだった。
1年前の慶大なら、何度も追い上げてくる天理大を前に捕まっていただろう。しかし今回は最終的に勝利を成し遂げたのに加えて3Q中盤以降は天理大に一度もリードさせず、それどころか同点に追いつかせることも許さなかった。この1年間での大きな進歩だ。

はっきり言って、慶大はベストの試合内容では無かった。スタートダッシュに成功しながら追いつかれたのは、天理大が追い上げている段階で簡単なレイアップをこぼしたり、ターンオーバーを犯したからだ。1Q終了時点でダブルスコア、とまでは言わないまでも、10点弱の差をつけることくらいは可能だっただろう。それでも勝ちきったのは、「やっぱり思うのは、力は相当付いてるんですよね。元々のその力の部分で他のチームに勝っている部分はあるのかな、と。相手がどんな状態で来ても負けない強さはついていると思う。だからそういう結果が出ているのかな」と#4鈴木が語るように、単純に慶大の本物となった「強さ」が発揮されたからだ。自ら難しい展開の試合にしながらも、リードを保ち続けて勝つ様(さま)は、まさに真に強い者のあるべき姿だ。

“優勝まで、あと2つ。専修大を、トランジションで叩け。”

翌日、準決勝の相手は専修大。昨年のリーグ戦で対戦した際に当時キャプテンの加藤が危険なプレーにより転倒し、利き腕を骨折。チームの「核」を失った慶大は、その次の試合から悪夢の8連敗を喫した。言わば、専修大は慶大2部降格の原因を作った相手だ。#7岩下は「去年チームをぶち壊されたのでその借りを返したい」と闘志を燃やす。その一方で佐々木HCは、専修大を破ることの「意味」を見据える。

「また相手はハーフコートバスケット。#20鈴木君とか#0堤君とかの運動能力に長けた人がゆっくりやって、というバスケットを何とか打ち砕きたい。チームプレー、トランジションゲームで」(佐々木HC)

思い起こせば佐々木HCは入れ替え戦に勝った時、「能力に乏しくても、トランジションで勝ってあるべき日本のバスケットの姿を追究する」と話していた。それがチームを指揮する佐々木三男の理念であり、慶大のバスケットの理念である。

トランジションが日本のバスケットあるべき姿であることを見せつけた時、慶大はきっと、ファイナルに進む。

大活躍の#7岩下を、試合後4年生の#6青砥がねぎらった。
大活躍の#7岩下を、試合後4年生の#6青砥がねぎらった。

 
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取材を終え帰宅の途につく。ふと、編集長からメールが来ていることに気づいた。試合の結果を知って連絡してきたのだろう。

『昨日の記事で書いたとおりですね!』

空気の悪い地下鉄の駅で顔に当たる風が、少し気持ち良く感じられた。

文 羽原隆森
写真 安藤貴文、羽原隆森
取材 安藤貴文、羽原隆森、阪本梨紗子