9/6(土) ニッパツ三ツ沢球技場(神奈川県横浜市神奈川区)
15:00 Kick off ● 慶應義塾大学 19-24 日本体育大学

不意に蘇った、菅平での帝京戦の記憶

9/6、朝。珍しく8時に目が覚める。朝方の5時頃ようやく眠りについたので、3時間程度の睡眠だ。起きてすぐカーテンを開けると、空は一面雲に覆われていた。写真撮影するには悪くない。これで雨さえ降らなければ。独りごちた後、マルボロライトに火をつけ、フゥーと大きく息をはき出す。

煙の行方を目で追いながら、思い浮かべていたのは約半月前、長野・菅平のサニアパークで行われた、帝京大学Aチームとの練習試合(8/19、●7-15)のことだった。

目を瞑り、記憶をたぐりよせる。慶應側の反則につぐ反則、スクラムから帝京のSHの選手が高々とパントを上げ、屈強なFW陣が落ちてくるボールにすぐさま詰め寄るシーンがフラッシュバックする。スクラム→パント、ラインアウト→モール。言ってしまえば、相手にはそれくらいしかなかった。シンプルにFW勝負。だが、自らのストロングポイントを前面に押し出し、慶應のそれを打ち消すような相手の戦法に飲み込まれ、結果1メートル、また1メートルとじりじりエリアを下げられたのだった。

何より、自分達のラグビーを一切させてもらえなかった。ボールポゼッションなしには“モーションラグビー”、ボールを動かす云々も何もない。完全に相手の土俵で戦ってしまったわけだ。

まだまだ残暑厳しい夏の日ながら、眼前の展開に、心が冷え冷えとしていく思いだったのをはっきりと覚えている。何も、試合開始時から降り続いた激しい雨のせいだけではなかろう。あくまで練習試合のひとつ、と片付けることも可能だ。しかし、それにしても内容が悪すぎた。慶應を応援するためにわざわざ長野の山奥まで駆けつけた人も皆一様に、煮え切らない思いを抱いたはずである。

一方で、林雅人監督は試合後「これで全勝の呪縛から逃れられる」、チャレンジャーの立場で対抗戦に臨むことができると語った。春季の好調が、逆にプレッシャーになっていたということか。因みに、次の関東学院大学Aチームとの練習試合(8/24、○28-10)は「今季一番の出来」(花崎亮主将)とのことだったが、関東学院大学ラグビー部は昨年11月に発覚した部員の大麻栽培・吸引問題への対処として、今年6月まで対外試合を自粛していたという事情もある。チームは再建途上。そこは差し引いて見ておくべきだ。

2008年度関東大学対抗戦の開幕戦当日なのに、何だろう、この漠とした不安は。ほんの1ヶ月前、山梨・山中湖で夏合宿を取材した際に抱いた、あの高揚感は何処へやら。前日なかなか寝つけなかったのも、日本体育大学との試合について彼是考えていたせいもある。

ただ、昨年みたいに、春季不調、加えて対抗戦開幕戦の筑波大学との試合(●5-32)で思いっきり躓いても、大学選手権決勝に上り詰めることもあるしね。…。あれ?あの日の筑波戦も『ニッパツ三ツ沢球技場』だったっけ。…。やめ、もうやめよう。グラウンドの上で相手と対峙し真っ向からぶつかっていくのは、他ならぬ選手たちであって、取材する側の人間では決してない。彼らを信じて見守るしかないじゃないか。少し得心がいった気分になって、すっかり短くなったタバコの火を揉み消し、シャワーを浴びてから、そそくさと家を出る。

“チャレンジャー”の姿勢を貫け!

JR横浜駅からバスで10分程。試合開始2時間前、『ニッパツ三ツ沢球技場』に到着した。スタジアムの周りをランニングする人がちらほらいる程度で、辺りはまだ閑散としている。ちょっと早すぎたか。スタジアム前の広場でしばし休憩。

慶應の開幕戦の相手は日本体育大学。昨季の対戦(○22-19)では、一進一退の攻防の末、後半ロスタイムにFB小田龍司(当時4年、現・サントリーサンゴリアス所属)のペナルティゴールで辛くも勝利を奪取。今回も、全く侮れないと言ってよいだろう。何より、昨年もこの『ニッパツ三ツ沢球技場』での対抗戦初戦、筑波大学に屈辱的な敗戦を喫した。ただ、そのあたりは、選手たちが一番身に沁みて感じているはずだ。取材する側がどうこう言う問題でもない気がする。ひとつ言えること。絶対に受けて立つな。監督の言葉を借りるなら、慶應はあくまで“チャレンジャー”だ。

開幕戦勝利を確信。その結末は…

試合開始1時間前、スタジアム内の取材スペースに足を踏み入れた途端、慶應の控え室から、部員たちの大きな声が聞こえてきた。室内練習場に響き渡る声、声、声。グラウンドに出てからの練習も、気合十分。怪我の状態が思わしくない、とのことで試合出場を回避した花崎主将は、林監督と共に練習を観察、大声を張り上げ部員たちの士気を高めている。勝てる。この心意気なら大丈夫だ。この日初めて、そう思った。

だが、ノーサイドの瞬間、全身で喜びを表現したのは、慶應の選手たちではなく、日体大の選手たちだった――。

最後まで、慶應は波に乗り切れなかった。肝心な場面でハンドリングエラーから前にボールを落としたり(ノックオン)、タックルされ倒れた選手がボールを離さない反則(ノットリリースザボール)を繰り返したりと、自分たちのミスで悉くチャンスの芽を潰した。極めつけは、後半開始10秒ほどでの被トライ。前半終了間際のFB保坂梓郎の逆転トライを台無しにするどころか、結局このプレーが、慶應に傾きかけた試合の流れを完全に遮断することになってしまった。

試合後、出場した選手にぶら下がって話を訊く。「後半の入りが全て。セットプレー(スクラム・ラインアウト)で優位に立っていただけに残念」(LO西川大樹)「ハイペースなラグビーを目指していたのだが、それが単に慌てたラグビーになってしまった。チームに落ち着きがなかった」(WTB出雲隆佑)。)「ブレイクダウンの部分で相手に強いプレッシャーを受けてしまった」(FL伊藤隆大)。自分たちのミスもさることながら、相手の内に秘めたる闘志に気圧(けお)されたということか。

西川の言葉にもあるが、例えばスクラムなどは素人目にも押し勝っているのが見て取れたし、懸案のマイボールラインアウトも確保することができた。セットプレー強化策が順調に来ている証拠で、ここは評価できる点だ。ただやはり、ノックオンなどの単純なミスはいただけない。基本スキルの向上は今季慶應が重点的に取り組んでいるテーマのひとつでもある。初秋の日中開催、気温や湿度の問題もあったとはいえ、当然ながら相手も同じシチュエーションでの戦い。ミスがミスを呼ぶ「負の連鎖」だけは絶対に避けなくてはならなかったし、次の筑波大学戦(9/23、秩父宮ラグビー場)に向け、この点はしっかり詰めていかなくてはならない。

After recording 取材を終えて…

「負けに偶然の負けなし」。試合後、林雅人監督は勝負の必然を説き、潔く負けを認めた。

「そりゃ出たかったですよ」。この試合をベンチから見つめることを余儀なくされた花崎主将は、当然のことを聞くな、と言わんばかりの表情を返してきた。

試合終了後、沈痛な面持ちでストレッチをしている慶應の選手たちに浴びせられた容赦のない罵声に対し、ある選手は周囲に聞こえるか聞こえないかの声でボソっと「うっせーよ」と呟いた。

各々が、この敗戦を自分なりに解釈し、胸に刻みこむことだろう。「あとで振り返ったとき、この敗戦が良かったと言えるようなシーズンを送ることができたらいい」(FL伊藤隆大)。昨年と同じ場所で、またも同じ失敗を繰り返してしまった。でも、言えばまだ初戦。修正はいくらでも可能だ。選手たちの表情にも不思議と悲壮感はない。“昨季”を体感したメンバーが数多くいるというのも大きい。負けたら、地に伏すのではなく、再び力強く立ち上がればよいことを、彼らは知っている。

「(勝つことは)難しい…。でも負けたことで力が湧いてきますよ」(林監督)

ついに、慶應蹴球部の2008年度レギュラーシーズンが幕を開けた。

(2008年9月10日更新)

写真・文 安藤 貴文
取材 湯浅 寛 安藤 貴文