今、再び飛翔のとき。(2007年度・医学部アメフト部リポート)

 2部優勝、1部昇格――。主将の言葉に引っ張られ、選手たちがグラウンドの上を躍動する。慶應義塾大学医学部アメフト部ユニコーンズ。2ヶ月間、熱闘の記録。

 後半残り3分強。
 7―13。東京大学医学部6点のリード。自陣深くにいた慶應義塾大学医学部は、この場面で賭けに出る。4thダウンでは、パントキックが定石。だが、タッチダウンを狙ってパワードライブを選択したのだ。タッチダウンで6点。直後のキックの1点で逆転。残された時間もあと僅か。シナリオは完璧だった――。
 
話を少し前に戻す。
 慶應義塾大学医学部信濃町キャンパス。このキャンパスの片隅に、医学部アメフト部の練習場は存在する。普段の練習は主将の鈴木悠介(医4)、そして6年生ら上級生を中心に週3回程度行われる。専属のフルタイムコーチはいない。やるもやらないも、全ては自分たちの裁量次第という環境である。11月某日。医科歯科2部リーグ今季最終節、東京大学医学部戦を前に、信濃町の練習場を訪ねた。

 ちなみに、医学部アメフト部は直近の2年間、「7人制リーグ」での生活を余儀なくされている。肝心の「人」が足りなくなったのだ。当時を知る選手は「部の雰囲気も暗く、辞めていく選手も多かった」と語る。ただ、その後の積極的な部員勧誘で入部者も増加。その流れに歩調を合わせるかのごとく、チームも勝利を重ね、今季から医科歯科2部リーグに復帰。念願の「11人制リーグ」に舞い戻ってきたと言うわけだ。

 シーズン突入――。主将の鈴木は、10月のシーズン開幕当初から一貫して「2部優勝、1部昇格」を目標に掲げていた。「2部優勝、1部昇格」。あまり多くを語らない主将の、シンプルだが一点の曇りなき力強い言葉に、選手の闘争心は最大限掻き立てられた。

 2007年10月8日。初戦の神奈川歯科大学戦、慶應は堅固なディフェンスで相手を零封。12―0で、見事医科歯科2部リーグ復帰を勝利で飾る。鈴木も「絶対勝つ、という強い気持ちで臨んだ。どんな形であれ、勝利が欲しかった。本当に嬉しい」と、試合後顔を綻ばせていた。
 続く、10月21日の日本大学医学部戦。相手は春にオープン戦で対決した時と、戦法を全く変えてきた。春の戦法は、つまり「フェイク」だったのだ。慶應は相手の戦法に振り回され、ついにアジャストできなかった。0―35。ここ2年近く負けを知らなかったチームがはじめて負けた。しかも完敗。後に鈴木は「あそこでチームが崩れてもおかしくなかった」と語っている。だが、そうはならなかった。チームは瓦解寸前のところで何とか持ちこたえたのだ。11月4日の日本大学歯学部戦に、21―12で勝利。息を吹き返した慶應は、次節に向け着々と準備を進めていたのである。

 数日後に控えた、医科歯科2部リーグ今季最終節の相手、東京大学医学部。 慶應が10月の対戦で0―35と完敗した日本大学医学部に35―0で完勝するなど、リーグ首位を独走。今季医科歯科2部リーグでは頭ひとつ抜けた存在であった。ただ、慶應もこの試合に勝利すれば、医科歯科1部リーグ昇格をかけた入れ替え戦への進出も、俄然現実味を帯びてくる。絶対に落とせない一戦。
 
 吉野里美マネージャーリーダー(看2)の言葉も、自然と熱を帯びる。
 「7人制から11人制になって、選手も一段と気合が入っていますね。こういった練習風景を見ていても、また春とは違った緊張感があって……。何か感慨深いです」
 女子マネージャーは原則2年生まで。彼女にも「引退」の二文字がちらつく。
 「(東大医学部戦に勝利して)入れ替え戦に行くつもりですから。まだまだ練習もあると思ってます(笑)」
 
 練習取材中、アメフトについて思いを馳せる。グラウンドの上にあの楕円球を見つけた瞬間、理性ある人間はいとも簡単に「野生」にかえる。緻密に練り上げられた戦術を与えられ、人間という名の獣(けもの)は、文字通り相手に噛み付いていく。一切の躊躇なく、それも嬉々として。知的さと獰猛さの共存。見ているわれわれも、その両者の掛け合いを堪能する。かくも、アメフトというスポーツは奥が深い。

 「後悔はないです」
 東京大学医学部戦後の全体ミーティング終了後、鈴木はそう口にした。慶應の選手たちは真っ白なユニフォームを泥まみれにしながらも、積極果敢に相手へとぶつかっていった。モメンタムも慶應が掴んでいた。先述のドライブも、おもしろいように決まった。だが、結局スコアは動かなかった。敵陣エンドゾーンまで、あと2ヤード、届かなかったのだ。

 「今日の試合のビデオを見たら、あのときこういうコールをすれば良かったな、って思うんでしょうけど。そもそも、完璧なコールができる試合なんてそうないですし。このチームで最後まで戦い抜けて本当によかった」
 現実はそんなに甘くない。人知れず、春先から独り悩みぬいた。チームの要であるQBという自身のポジション、主将という立場。冷静に判断して、チームもそして自らも最善を尽くした、ということか。 元来寡言な主将は、でもどこか一本、筋の通った人間でもある。もちろん後輩への想いも人一倍強い。
 「一旦迷いが生じると、何だかんだで物事がうまく回らなくなる。こうだ、と決めたら何言われても揺るがない。俺のコールが絶対だ、みたいな。自らの信念を貫いて欲しいなと思いますね」

 「元々他人を引っ張っていくタイプの人間じゃないんで。これからはこそっと、スカした感じでいこうかなって」
 主将の任務を全うした鈴木は、じっくり言葉を選びながらも、時折おどけてみせた。
 

 あれから少しだけ、時間が経った。
 取材ノートを読み返してみても、当時のことを全て正確に思い出すのには多少の困難が伴う。ただ、あの東京大学医学部戦後、涙にくれる選手、マネージャーらを前に白髪のコーチが語った飾り気のない言葉は、いつまでも頭から離れない。その独特の抑揚と共に。
 「ここまでいい成長曲線を描いてきてたんだが。まぁ、でもこういうことを繰り返していくしかねぇんだよな、アメフトってスポーツはさ」    
 繰り返した先に何が待っているのか。誰にも分からない。それでも、アメフトは続く。人生と同じだ。 2008年。慶應医学部アメフト部にも、また新たな春がやってきた。 

 (敬称略)

取材・文 安藤 貴文
写真 安藤 貴文