『学問のすゝめ』において学問と生活の結合を目指す、「実学」の重要性が説かれてから約130年。NHK放送博物館館長の浅野加寿子氏は、まさにその「実学」の精神の体現者である。

浅野氏は慶大卒業後、日本放送協会(NHK)に入局。『おかあさんといっしょ』などの教育番組のディレクターを経てドラマ番組のプロデューサーに。連続テレビ小説『あぐり』、大河ドラマ『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』など数々のヒット作品を制作した後、アニメーション室長となり、2006年から現在の役職に就いている。

「校風が明るく、(大学が)学生を信頼してくれ、自由な空気。そこでノビノビ勉強や遊びに打ち込めた」と浅野氏は塾生時代を振り返る。3つのサークルに入りながらも、がむしゃらに勉学に励んだ浅野氏の義塾での経験は、卒業後のクリエイティブな作業の大きな武器となった。

プロデューサーはドラマ制作の花形であるが、生半可な能力ではその職を全うすることが出来ない。浅野氏によるとプロデューサーには、柔軟な発想、スタッフをまとめ上げる統率力、時流を読む勘、膨大な量の知識など様々な能力が求められる。知識は勉強すれば身に付くものであるが、その他の能力は一朝一夕に身に付くものでない。それまでの経験がものを言うのだ。

浅野氏の代表作の一つである『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』は、「戦国時代の男女共同参画」の描写が放送時の時流に適合し話題となった。その構想は塾生時代に学んだ、「歴史は人間が作る」という考えが鍵となった。これこそ「実学」の実践である。

また、この作品の制作は命懸けの覚悟で望んだ。時には強引なこともあり、特に脚本家とは徹底的に意見を闘わせた。「そうでもしないと視聴者に良い作品は届かない」と浅野氏は言う。ここでも独立自尊の精神が「実学」として実践されている。

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「静かな博物館で剥製になるな」という、同僚の冗談交じりの心配をよそに、浅野氏はNHK博物館の館長となってからも自由に、積極的に活動している。「何回来ても面白い博物館にするには、展示品はただ並べているだけでは駄目」とイベントや特別展を増やした。さらに、「安心、安全、清潔」を信条に清掃を徹底したり、館内が明るくなるよう工夫したりした。そうした甲斐があって、今年度の入場者数は歴代最高を記録する勢いで増えている。

「私が義塾で学んだことは自由な精神。自由な空気の中で思い切り学んで、遊んで、自分の未来を見つけ出して欲しい。限りない可能性が皆さんの前にはあるはずだから。それから、長いスパンで物事を見て欲しい。一見無駄なことでも、10年後に必ず結びつくから」と浅野氏は今の塾生にメッセージを残した。

最後まで自由の大切さを強調した浅野氏の話を聞くと、成功の影に徹底した自分への厳しさがあったことが伺えた。自分を貫き、自由を主張することも大事であるが、それだけ自分にも厳しくならなければいけないのだろう。

(KEIO150取材班)