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【教授に訊きたい】「チベット問題」の根源とは? ~中国・亡命政府、それぞれの思惑

 オリンピック聖火リレーの妨害行為とともに「チベット問題」が報道され、世界的な問題としてクローズアップされている。
 チベット自治区成立から50年余り、未だに解決に至っていないのはなぜなのであろうか。総合政策学部教授田島英一氏にお話を伺った。

 チベット問題は中華帝国が国際法秩序に組み込まれ、国民国家化する過程で徐々に醸成された。中華人民共和国は、中華民国時代の「五族共和」路線を継承、少数民族に自決権を認めることはなかった。やがて、社会主義化をめぐり各地のチベット族と中国当局との間で摩擦が激化、四川省チベット族を中核とした武装闘争がラサにまで波及し、1959年にダライ・ラマ14世はインドに亡命することとなった。その後、ダラムサラに亡命政府が成立し、今日に至っている。

 これまでも北京政府と亡命政府の間では水面下の接触は繰り返し行われてきた。それでも事態の打開を見ない理由は大きく分けて二つある。

▼「チベット」の概念
 北京政府と亡命政府では「チベット」の指す対象が異なる。北京政府にとっての「チベット」とは、チベット自治区のことでしかない。一方、亡命政府側はこれに加え、青海省と甘粛省、四川省、雲南省の一部をも「チベット」に含めている。亡命政府側が主張する「チベット」は少なく見ても中国国土の5分の1に相当し、北京政府にとって受け入れ可能な概念ではない。

▼「法の前の平等」
 仮にチベットに対し「高度な自治」を認めてしまうと、他民族自治地域から同様の要請があった場合拒否するのが難しい。
 中国は政府から認定を受けているだけで56の民族が存在する多民族国家である。もし今回の抗議デモによってチベットに対して特別な権利を認めてしまうと、結果として中央集権システムの崩壊、連邦化が進行する可能性があり、北京政府は慎重な対応をとらざるをえない。
 1984年に香港の「一国二制度」方式返還で中英両国が合意したことをきっかけにして、亡命政府は要求内容を「独立」から「高度な自治」へ変更、「チベット問題」を人権問題としてアピールするようになっている。オリンピックを前にダルフール問題で「人権カード」を切られた中国は、国内で問題が起こっても強硬手段に訴えにくい。よってチベットのような民族・宗教政策に対し不満を抱いている種族にとって、今は「人権問題」を全面に押し出して抗議する絶好の機会なのである。
 日本人が「チベット問題」に代表されるような、多民族国家が抱える問題を正確に理解するのは難しい。しかしオリンピック妨害行為の影響が世界中に波及していることから考えても、「チベット問題」が中国だけの問題とはいえない。今回の報道は進むグローバル化の中で「国家、民族とは何か」を改めて考えさせられるものであったのではないか。 

(中里美紅)

田島英一 慶應義塾大学総合政策学部教授。1962年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学文学研究科博士課程退学。専門は中国地域研究、特に民族、宗教問題に関心。主要著書に『「中国人」という生き方』(集英社)、『上海』(PHP研究所)、『弄ばれるナショナリズム』(朝日新聞社)等。