「一次産業をかっこよくて、感動があって、稼げる3K産業にする」。こう唱えるのは、NPO法人農家のこせがれネットワーク代表理事、宮治勇輔氏。農業関連の情報を発信、また情報を得られる場を提供することで第一次産業、特に農業の魅力を世間に伝えてきた。

宮治勇輔氏    株式会社みやじ豚 代表取締、特定非営利活動法人農家のこせがれネットワーク 代表理事。慶大総合政策学部卒業後、株式会社バンナに入社。2005年6月に退社後、実家の養豚女を継ぎ、2006年9月に株式会社みやじ豚を設立し代表取締役に就任。みやじ豚は2008年に農林水産省大臣賞。その後、こせがれネットワークを設立。

農業をやる気はなかった

宮治氏が事業を始めたきっかけは大学時代の友人からの質問だ。自身の実家が経営する養豚場の豚から生産された豚肉の入手方法を訊かれた際に答えられなかった宮治氏。後日、生産者である両親も把握していないことを知り、生産者が生産物の流通経路を把握していない事実に気づく。この体験から生産者が流通やマーケティングも行うことで新たな可能性を見いだせるのではと考えたという。宮治氏は「農業をやる気はまったくなかったが、第一次産業に魅力を感じた瞬間だった」と当時を振り返る。

その後、実家の養豚業で生産および流通やマーケティングにも携わり新しい事業モデルを構築した。そして農業を改革する最速・最短の方法は、「都心で働く『農家のこせがれ』が一人でも多く実家の農業を継ぐことであり、こせがれたちに農業の魅力や可能性を伝え、生産だけではなくマーケティングにも関わる方法があることを知ってほしい」と考えた宮治氏。実家が農業を営む「農家のこせがれ」たちはもちろんのこと、次世代の農業を担う人の発掘・育成・支援をしていきたいという思いから農家のこせがれネットワークを立ち上げた。就農を考えている若者たちへの講義を行ったり(こせがれ塾)、生産者と生活者をつなぐ交流会(食と農でつながれる交流会)や農家のこせがれ限定の交流会(農家のこせがれ交流会)を開催している。

近年、農業界で大きな問題となっているのが食糧自給率低下だ。しかし宮治氏は、「日本人にとって大事な指標であるのか考え直してほしい」と意外な意見を述べる。なぜなら、小麦・大豆など一部の作物を除いて野菜や果物、米は日本で十分に自給しており、余っていたり輸出していたりする産物もあるからだ。「全ての食物を日本で生産する必要があるだろうか。日本でおいしく作れるものをより高品質に提供していくことが肝要ではないか」と語る。

「日本に対する意識」に 変化のヒント

さらに、日本の農産物が外国産の安い商品との競争に負けて売れていない現状に関して「消費者はお金の使い方を変えていく必要がある」と述べる。味や安全さ、食文化や日本の誇りなどの思いが詰まった日本産のものを、外国産より高価であっても購入するか。消費者個人の日本に対する意識が世の中の在り方を変えていくのである。

宮治氏が考えるこれからの農家の理想は、日本人が日本の技術により他国と比べても誇れる農産物をつくり世界に進出していくこと。小規模農家は、規模拡大をせず高品質なものを生産して国内で発展していくこと。「現在の農家は、普通に生産していれば売れる高度経済成長期の観念を抱いて農業を行っているところが多いが、時代に沿った農業活動を行っていくべきだ」と宮治氏は語る。

 

「きつい、汚い、危険」ととらえられている第一次産業界。農家のこせがれネットワークによるアプローチで農業および第一次産業への見方が変わり、会社で学んだスキルを活かして第一次産業に就く者が多くなることを待ち望む。
(下池莉絵)