KEIO150 第三部 先導者の足跡(2) ~AO方式で入試制度に一石 SFC初代学部長らの挑戦

 

 1990年4月1日。神奈川県藤沢市に、それまでの大学教育とは一線を画するまったく新しいタイプのキャンパスが誕生した。湘南藤沢キャンパスである。

 このキャンパスで実験的に行われた試みの多くは、後に全国に広まるようになった。半学半教の精神をそれまでの大学院生から学部生にまで広げたSA制度や、当時としては画期的だったパソコンを使った情報教育、図書館機能と情報発信機能の両方を持つメディアセンターの設置など、その後になって他キャンパス他大学で採用された制度は数多い。

 SFCが世に問うた革新的な試みの中で、その後全国の大学に最も強く影響を与えたのがAO(アドミッションズ・オフィス)入試であろう。のちに多くの大学が採用し、その意義も含めて入試制度に対する様々な議論を喚起したAO入試は、総合政策学部の初代学部長を務めた加藤寛氏(現・嘉悦大学学長)らSFC創設に携わったメンバーの、既存の入試制度に対する強い疑問と、それに対する答え探しの中で誕生した。

 なぜ1年に1回の試験で、受験生の能力が判定されなければならないのか。本来ならアドミッションズ・オフィス(日本語で入学事務所)は年中開いているべきだというのが加藤氏の考え方だった。

 共通の試験で合格者を決めるという既存のやり方に対しては、他のSFC創設メンバーも疑問を持っていたようだ。自分に合った時期に大学を受験し、大学側が欲しがる人材と合致すれば入学させればいいのではないか。その考えから新しい入試方式が検討されるようになったという。

 さらに加藤氏は「大学に入って勉強する気があるなら入ればいいし、入って勉強する気が無いなら入らなければいい。そう考えると、試験なんてしたくない」と考えた。

 そこで問題になるのが、選抜の方法だ。重要なのはペーパーテストでは測れない受験生の素質を見出すこと。加藤氏らが考えたのが、教授陣が直接受験生の学生としての可能性を判断するという方法だ。基準になるのは点数化される学力ではなく、大学に入りたいという熱意や受験生それぞれの得意分野での強みである。教壇に立つ側が、将来の学生候補を直接面接して選ぶのだ。こうしてAO入試の枠組みが出来上がった。

 ただ、AO入試では他の入試方式よりも早く受験生に合格通知を出すことになる。多くの学生をAO入試で採ることは受験生の「青田刈り」につながりかねない。そのため、定員の多くに対してはこれまで通り一般入試での選抜も行われることになった。加藤氏は「出来るだけ大勢をAO入試で選抜したかった」と述懐する。

 それでも、AO入試で入学した学生の多くは入学後も目覚ましい能力を見せてくれた。厳しい受験競争の中で入学前までに己の力をある程度発揮した一般受験生に比べ、AO入試生は早い段階で進路を決めたことで入学時点でも余裕があり、「大学内で何かしよう」という意気込みを強く持っていたようだ。

 「人間を見るために筆記試験だけではどうにもならない、ということは皆わかっているのだから面接をした方がいい。そのために面接のバリエーションをどう持たせるかが重要になるのではないか」と加藤氏は言う。

 確かに、年に1回の筆記試験でやる気があるなしに関わらず大学に入学できるか否かが分かれてしまうという、大多数の大学が採る入試方式には弊害が多いと言える。一方で「青田刈り」との批判もあるように、AO入試が抱える問題も少なくはない。AO入試を導入したものの、それをまた廃止する大学もある。

 加藤氏らの取り組みは、SFC開設から20年近くが経った今でも、大学教育がいかにあるべきかを世に問い続けている。

(KEIO150取材班)