論説

「また階段か」「きついね」。三田キャンパス南校舎でこのような声が聞こえてくる。 
 今年3月に立て替え工事が完了した南校舎の入口付近は、授業ごとのチャイムを合図にごった返す。エレベーターの稼働は生徒用1台のみ。49もの教室から一斉に塾生が移動すると、階段は上り下りの塾生で溢れていた。
 3月11日に発生した東日本大地震の影響で、慶大はさまざまな対応に追われた。政府が発表した「夏期の電力需給対策」において示された電力15%の削減目標にのっとり、義塾全体でも15%の削減を目標として各キャンパスにおいて節電。我々塾生にも多大な協力が求められている。9月30日まで教室・研究室などの冷房の下限設定温度を28℃とし、電灯類の15―20%を消灯することや、エレベーターの稼働は各建物において複数台設置されている場合、1台の稼働としている。「私立だから施設費もたくさん払っているのに不便」「7階まで上らなきゃいけないのにエレベーターが全然こなくて遅刻しそう。何とかならないか」。生徒たちの反応は賛成一色とは言い難い。
 法学部に在学中のある男子学生は、6月中旬に三田の食堂で昼食をとっている際、節電対策の一環で天井の蛍光灯を外している作業に遭遇した。昼休みを過ぎた時間帯だったが、多くの塾生がその真下で昼食をとっていた。「当然のようにホコリがたくさん落ちてきて、その場にいた塾生たちは無神経さに呆れていた。なぜ営業時間外に作業しないのか」と振り返る。
 節電に関連し、慶大は学事日程にも大きな変更を決定した。文部科学省から今夏における電力需要抑制の要請を受け、需要がピークに達する7月の節電を考慮し、三田キャンパス・総合政策学部・環境情報学部では定期試験期間を設けない。各キャンパスの授業開講日程もばらつきがあり、日吉では約3週間、SFCにおいてはおよそ1カ月遅れでの授業開始となった。「当初の日程より授業数もかなり少ない。授業料や施設費を減額する対策は取られないのか」。こういった声も学生から上がっているという。
 現在の日本の電力状況を考えて、義塾の節電対策は批判できるものではないだろう。大学病院で使用する電力を確保するためにも、キャンパスの節電は必須である。
 慶大は、被災した塾生に対し、2011年度の授業料・在学料を審査の上、減免・延納する措置を取ったり、医療支援の一環として慶應義塾救援医療団を被災地に派遣している。いち早く震災のニーズに応えた対策を立てたことは評価すべきだ。授業日数の縮小に関しても、各教師陣に補講や課題などさまざまな工夫をし、例年と今年の差が出ないよう要請している。例年通りの授業料・施設費を支払うことで、今年だけ慶大に余分な利益が出るということももちろんない。
 義塾としても参考にできる前例もなく、全く未知の状況の中で試行錯誤しているのが現状だろう。実際に6月下旬以降、南校舎のエレベーターを通常運行に戻すなど、臨機応変な対応に努めている。
 しかし東大や早大などの他大学も同等の対策をとっているものが多く、横一線から一歩踏み出せないという感が強い。現地ボランティアも減りつつある今、義塾全体で塾生が被災地支援をしやすい環境作りや、大学自体が「塾生たる者」といった体で支援を学生に促進する態度を示す必要を感じる。それが対外的にも「先導者」育成を掲げる慶應義塾の一貫した姿勢を示すことにつながるだろう。実際にキャンパス内で有志のボランティア募集に関するチラシを見かけたこともあるが、塾生内では認知度は低い。
 現状の対策に関しても、もう少し義塾の対応を学生が納得できるような説明をし、学生の協力を一層得ることに努めるべきだ。自分の協力が支援に具体的につながっていると感じられると、塾生も動きやすい雰囲気になるだろう。
 福澤諭吉が幅広い観点で教育論を説いた『慶應義塾之記』の中に、中国の『宋史』で説かれた「自我作古」という言葉がある。「我より古(いにしえ)を作(な)す」。すなわち前人未踏の新しい分野でたとえ困難や試練が待ち受けていても、それに耐えて開拓に当たる勇気と使命感の必要性を示した言葉だ。
 近年に類を見ない大震災、原発事故による混乱が尾を引き、いまだに暗い影が残る今日。今までの常識はもう通用しない。「私立だから」「学生だから」を飛び越えた理解と協力が日本全体のために求められる。
 あまたの私立大学の中から慶應義塾を選んだ我々は、義塾が掲げる「先導者」に近づく努力を求められることは当たり前なのではないだろうか。また、このような状況下、「先導者」の卵と、その人材を育成することを掲げる義塾が先頭に立って動かないで、いつ「義塾たるがゆえ」を表せるのだろうか。  
 塾生内でも数々のボランティア団体が生まれ、被災地支援や義援金活動が続く。「慶應義塾」を選んだ塾生たちの底力を見てみたい。
        (西村綾華)