義肢装具(※)の不足は世界的な問題だ。開発途上国をはじめ世界各地で、義肢装具を必要としながらも購入できない人が多く存在する。例えばフィリピンでは、180万以上もの人々が義足を必要とする中で、実際にアクセスできるのはわずか5万人程度だという。

(※)義肢装具:義足など手足の代わりとなる器具である「義肢」と、怪我による症状の軽減などを目的として装着する器具である「装具」を組み合わせた用語

 

背景には、義肢装具の製造にかかる多額の費用と時間の問題がある。義肢装具を製作できるのは、義肢装具士といわれる職人(日本では国家資格)だけ。一人ひとりにマッチする形状に手作業で合わせるため、製造には時間がかかる。現在一般的な膝下の義足は、30〜100万円するという。

【フィリピンの義足製作所の様子(写真=提供)】

義肢装具不足を解決すべく、低価格・高品質な義肢装具を届けているのがインスタリム株式会社だ。3DプリンティングやAI(人工知能)を用いて、フィリピンとインドで義足の製造・販売をしている。今回は、慶大大学院政策・メディア研究科を2016年に修了した塾員でもあるCEOの徳島泰(とくしま・ゆたか)氏に話を聞いた。

時間・コストを短縮できる最新技術

義足の製作は、患者の足を3Dスキャンすることから始まるという。筋・骨の位置などをマーキングしスキャンすることで、3Dデータとして取り込んでいく。それを元に、仮義足で試着を行う。患者に実際に履いてもらうことで、緩みの有無や履きやすさをチェックし、義足を患者に合うように調整していく。このように義足形状を調整する中で、AIが活用されるのだという。「最初にスキャンした患者さんの脚の切断部の3Dデータと、最終的な義足の3Dデータの差分を機械学習させる。最終的には、切断部のデータを取り込むだけで、ほとんど歩けるレベルの形状がレコメンドされるようになる」と徳島氏は話す。従来は手作業だった工程をAIで自動化できるため、一人の義肢装具士が製作できる義足の数が格段に増える。徳島氏は「生産効率は約10倍です」と強調した。

【完成した義足(写真=提供)】
「必要とするすべての人が、義肢装具を手に入れられる世界を作る」

2013年、徳島氏は、国際協力機構(JICA)青年海外協力隊の一員としてフィリピンに赴任した。貿易産業省(日本の経済産業省)でデザイン・ディレクターとして、現地の中小企業支援に携わった。その後、慶大大学院政策・メディア研究科に進学。開発途上国におけるイノベーション環境の研究をしつつ、「慶應イノベーション・イニシアティブ(慶大のベンチャーキャピタル)」から資金を得て3Dプリント義足事業の実装に取り組んだ。院生として研究のかたわらインスタリム設立の準備などを積み、スタートアップCEOとして事業家としてのキャリアを歩むことを選んだ。

 

2022年2月から続くロシアによるウクライナ侵攻の影響で、ウクライナでは義足を求める人が急増している。それを耳にした徳島氏は、今年1月にウクライナを訪問。リビウ市の義足製作所などを訪れた。その後インスタリムは、ウクライナに100本の義足を提供することを目的とした義足提供プロジェクトを立ち上げた。クラウドファンディングサイト「READYFOR」にて、23年6月19日まで事業費の募集を行った。インスタリムのビジョンは、「必要とするすべての人が、義肢装具を手に入れられる世界を作る」。ウクライナでの活動含め、今後もその理念は変わらない。「僕たちの製品を手に取っていただける人たちを、愚直に増やしていきます」と徳島氏は語る。

 

(山下和奏)