「日常の謎」というジャンルを、みなさんはご存知だろうか。

「日常の謎」というのはミステリ小説のジャンルの一つで、日常生活におけるちょっとした謎を扱う作品を指す。ミステリ小説と聞くと、登場人物が凶刃に倒れ、探偵役の推理によって犯人が突き止められる……、といった血なまぐさい展開を想像する人が多いだろう。しかし、今回紹介する〈古典部〉シリーズ第1作『氷菓』は、ミステリ小説でありながら、登場人物が誰一人として命を落とすことはない。

『氷菓』の主人公・折木奉太郎は、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に。」をモットーとする"省エネ主義"の高校生。海外を一人旅中の姉から指示され、廃部寸前の「古典部」に入部する。奉太郎は「古典部」で、豪農千反田家の一人娘、千反田えると出会った。えるは行方不明となった叔父に関わる33年前の"事件"について知るために「古典部」へ入部しており、奉太郎はえるから"事件"について調べるのを手伝うよう頼まれる。「古典部」には、奉太郎と同じ中学校から進学した同級生の福部里志と伊原摩耶花も入部。部の文集『氷菓』のバックナンバーが"事件"を解き明かすヒントになると知った「古典部」の4人は、33年前の真相に迫っていく……。

"事件"と聞くとどこか物騒な響きだが、人の生死に絡むような凄惨なものではなく、小説全体の雰囲気も決して暗いものではない。等身大の高校生たちが「日常の謎」を解き明かしていくストーリーで、話のテンポもよく、長編ではないので楽に読むことができる。言葉の裏に暗示される、登場人物それぞれの心情が揺れ動くさまにも注目だ。

著者の米澤穂信は、改めて解説する必要はないほどの人気ミステリ作家だ。昨年は『黒牢城』で直木賞を受賞。その『黒牢城』をはじめ、近年は主に本格派ミステリ小説を執筆しているが、初期には〈古典部〉シリーズのように、「日常の謎」を扱った青春ミステリ小説を多く書いている。米澤穂信の青春ミステリは、青少年の心の変化を繊細に描いた作品が多く、「自分」を確立する段階にあるわれわれ青少年の共感を集めている。他に「日常の謎」を扱った彼の作品では、『愚者のエンドロール』など〈古典部〉シリーズの続編や、『春期限定いちごタルト事件』から始まる〈小市民〉シリーズもおすすめだ。

コナン・ドイルやディクスン・カー、ヴァン・ダインなどの古典派本格ミステリを好む人にとっては、「人が死なないミステリ」は緊迫感に欠けるもかもしれない。しかし、「日常の謎」は日常を描くジャンルだからこそ、登場人物の人となりを丁寧に描き出すことができるのではないか。ミステリ小説が好きな方にはもちろん、重苦しい雰囲気とは無縁なので、ミステリを嗜まない人にもおすすめできる。「氷菓」で日常に潜む謎を味わってみてはいかがだろうか。

(竹之内駿摩)