近年、東京のタワーマンションに住む人々を描いた文学作品がツイッター上で人気を博している。いわゆる「タワマン文学」だ。都会のエリートの苦悩を描く作風で知られ、特に慶大への当たりが非常に強い。多くの登場人物は、慶大に入学しようものならその後の人生は狂う。跳ね上がった自らのプライドで、自分を見失ってしまうのだ。一体、我々の大学は作家の目にどのように映っているのか。

「『こんな大学じゃありません!』 って、塾生から怒りの声が届くこともあります」。明るい口調で本紙の取材に応じたのは、外山薫氏。タワマン文学の代表的な作家の一人で、先月、1月30日には初の著書『息が詰まるようなこの場所で』がKADOKAWAから発売された。ツイッター上では「窓際三等兵」(@nekogal21) の名で知られ、フォロワー数は約9.9万人。ツイート形式で投稿するショート・ショート作品が人気を博している。実は塾員でもある同氏に、自身にとって慶大はどのような場所なのか、そして塾生に伝えたいことを尋ねた。

外山薫『息が詰まるようなこの場所で』(写真=提供)

 

改めて、タワマン文学とはどのような作品なのでしょうか。

タワマンの住民を面白おかしく描いています。タワマンって勝ち組の象徴みたいに言われますが、実際に住んでいるのは普通の人たちです。ローンを組んで低層階を買ったサラリーマンとか。高層階を買えるのは本当にごく一部で、そこに届かない人たちが互いに子どもの受験とか夫の年収とかを気にしています。そういう姿を書いていたら、バズるようになりました。

 

なるほど、「届かない」という表現に悲壮感がありますね。では、そうした作品の中で慶大はどのような存在なのでしょうか。

分かりやすい「勝ち組」です。世間的には、賢いとか良い家を出ているとか認められる存在だと思います。そして自分たちでもそう思っている。だから、多少は外野から好き勝手言われても許してくれますよね。

 

それは、賛否あると思うのですが…

ツイッターではちょっと感じ悪くするためにザラっとした表現も使いますから。ちょっと引っ掛かる表現の方がバズります。

 

確かに、物申したい人が多いと数字は伸びそうです。ところで、外山さんご自身はどのような学生時代を送っていたのでしょうか。

僕が通っていたのはもう昔ですが、メチャクチャ楽しかった一方、当時はコンプレックスで辛いところもありました。入学した時は、日本にこんな階級社会があるのか!と驚きました。外車で通学してくる人もいれば、郊外から電車で1時間半くらいかけて通う人もいる。帰国子女とかバイリンガルも沢山いて、親の力とか出自で格付けされてしまう大学だと思いました。まあ、今でも呑みに行く友人は当時の同級生が一番多いですけどね。

 

確かに、私も自分には届かない生まれの人と関わって辛くなることは多々あります。では、外山さんから塾生はどう見えますか。

ランク付けが好きな人たちだと思います。特に4年生になると、それぞれの内定先が決まってヒエラルキーが明確になりませんか。早いうちからOB訪問とかもして、勝ち負けとか上とか下とか考えがちじゃないですか。

 

やはり、少し変わった環境なのでしょうか。

早稲田とか、他の大学の人は「慶應は特殊」って言いますよ。あとは、逆に自虐的な人もいますよね。傷付くことを恐れて、先に「自分はどうせ○○だから」って予防線を張るんです。

 

予防線、少し心当たりがあります。では最後に、そんな塾生に向けてメッセージをお願いします。

過去の自分に対する反省も含めて言わせてもらいます。視野を広げることが大事だと思います。当時は、良い家に生まれたり、良い会社に行ったりするのが勝ちという分かりやすい価値観に毒されていました。だけど社会に出て家族を持ってから、それぞれにそれぞれの地獄があって、タワマンを買ったから勝ちではないと知りました。上には上がいて、多くの人はタワマンを買っても高層階には届きません。そういう中で、ずっとを目指し続けるのは地獄です。家族がいるからいいじゃんって思えるとか、どこかで価値観を変えていく必要はあると思います。とにかく、視野を広げてほしいということです。これから大学を卒業して、会社から地方勤務を命じられる人もきっといます。そういう時に、腐らずにホワイトカラーの人以外にも色々な人と関わって、そこで得られるものを大事にしてほしい。僕自身、そこで得たものは多かったです。あと最後になりますが、大学生のうちにこそ、会社名とか年収とかくだらないことを気にしない、一生付き合える友人を作ってください。

ありがとうございます。就活で将来について考える機会が多い塾生にとって、非常に有意義なアドバイスだと思いました。

ツイッターでは謎に包まれた外山氏だが、インタビューを通して素顔が垣間見えた。コンプレックスに悩む塾生にとって、タワマン文学を読むのは苦しいかもしれない。しかし、作家自身も過去には同じような悩みを抱えていたと思うと、少し心が軽くなる。最後に外山氏は、「皆さんは、タワマン文学なんて気にせず鼻で笑うような立派な大人になってください!」と付け加えた。

(和田幸栞)

【プロフィール】

外山薫(とやま・かおる)さん

1985年生まれ、慶大卒。ツイッターでは「窓際三等兵」(@nekogal21) として9.6万人のフォロワーを抱えている。2023年1月30日(火)に初の著作『息が詰まるようなこの場所で』がKADOKAWAより出版された。今後の展望は「タワマンやSAPIX以外にも範囲を広げて『東京で生きる苦しさ』 を描くこと」