今年の干支は卯。兎と聞けば、月で餅をつく姿や、兎と亀の寓話などが連想される。しかし、今年からはその中に、慶應義塾大学の名を加えてみてほしい。

慶應義塾図書館は、明治時代の文人である泉鏡花の遺品を多数収めている。その中には、彼が愛した兎がモチーフのものも多い。

今回は、三田メディアセンターの倉持隆さんと竹内美樹さんに話を聞きながら、慶大所蔵の鏡花の兎コレクションや、貴重書室を掘り下げる。

卒塾生を通して繋がる慶應と鏡花

幽玄な幻想小説を数多く発表した泉鏡花は、兎を愛したことでも知られている。酉年生まれである彼は、自分の干支から6つ目の卯を、向かい干支として大切にした。

彼は、幼少期に母から兎の置物を貰ったことをきっかけに、兎作品を収集し始める。コレクションは、兎型の火鉢から、ごく小さな置物に至るまで多岐にわたる。

鏡花没後、慶大への遺品寄贈に関わったのは小説家の水上瀧太郎。本校出身の彼は鏡花に心酔し、家族ぐるみの親交があった。その縁もあり、昭和16年に兎コレクションを含む遺品や蔵書が遺族から寄贈された。

彼の蔵書は第二次世界大戦の空襲により焼失したが、図書館(現・旧館)の地下書庫に保存されていた遺品や自筆原稿は被害を免れた。鏡花の兎については、現在でも優に100点を超える品を守り続けている。

その中には、鏡花が幼少期に母から貰った品かもしれない水晶の兎も含まれている。この品は、2つあわせて手のひらサイズほど。子供の手に収まるそのサイズ感からも、長年、母からの贈品と考えられてきた。

しかし近年、母からの品は別にある可能性が浮上した。真相は未だ謎に包まれている。

三田に眠る貴重書たち

慶大が所蔵する貴重書は鏡花の兎だけではない。

貴重書室は、日本は江戸時代初期以前、中国は宋元版以前、西洋は17世紀以前の各古写本を中心に、善本類約1万余点を所蔵している。

その所蔵物はまさに宝の山。活版印刷術を用いた西洋最初の書物であるグーテンベルク聖書を有する図書館は、アジアの中では慶大だけである。他にも、エドガー・アラン・ポーの遺髪入りペンダントなどの珍宝も眠る。

保存だけでなく活用するための貴重書

貴重書室は作品を眠らせているだけではない。竹内さんは「図書館の使命の一つは研究者の手助けをすること。その卵である学生さんたちには、ぜひ貴重書をたくさん見てほしい」と語る。

その機会の一つが、貴重書活用授業だ。申請を行うことで、授業内で貴重書を直接閲覧できる。保存面の問題がない資料については、学生が生で触ることもできるという。

一般公開されていない資料についても、デジタルコレクションを通して閲覧できる。グーテンベルク聖書をはじめ、国指定の重要文化財5件などの高精細画像がサイト上で公開されている。

図書館1階の展示室では、展示会も頻繁に行っており、詳しい解説とともに所蔵品を公開している。

倉持さんはこう語る。「学部生の方でも貴重書の閲覧は可能ですので、尻込みせずにぜひ見にきてみてください。まったく知らなかった資料にも、みなさんの興味のきっかけが潜んでいるかもしれません」

1月10日から2月9日まで慶應ミュージアム・コモンズで行われる、「KeMCo新春展2023 うさぎの潜む空き地」には、今回紹介した水晶の兎を含む、鏡花のコレクションが出展する。

鏡花の兎は普段は非公開かつ、デジタルコレクションへも未参加。実物を見られるのは展示だけである。新年の始まりに、兎の空き地をのぞいてみてはいかがだろうか。

(藪優果)