恐竜研究者 小林快次氏インタビュー

小林快次、北海道大学総合博物館副館長・教授(写真=提供)

世界を構成する物質は変わらないのに、今はビル群が立ち並ぶその地平に、木々が生い茂り、巨大な古代生物が跋扈していた時代が確かにあった。幻の恐竜「デイノケイルス」の全身骨格をはじめ、数々の新種を発表した気鋭の古生物学者、小林快次氏は、そのような原始の神秘を最前線で享受してきた張本人である。

はじまりは、恐竜ではなかった

恐竜王国として知られる福井県で生まれた恐竜研究の第一人者は、少年時代に恐竜に関心を寄せたことが一度も無かったという。

「中学の頃は、化石が好きでよく集めていました。近所に数千から億年も前の昆虫や葉っぱの化石が見つかる場所があって、昔は工事で崖が多かったから掘り放題でしたね。でも、化石が趣味だっただけで、恐竜に対する興味は全くなかった」

化石から生命の進化へと惹かれ始めたのは、古生物学の本場アメリカへ留学した十九歳のとき。恐竜研究者としての道を歩み始めた瞬間であった。

「大変だったのは、勉強から研究への移行でした。勉強は教科書を暗記し既成の問題を解くこと。対し研究は、未成の世界を一から作り出す作業。勉強と研究に求められるセンスって、違うんです」

日本の恐竜研究 ~課題と見えてきた希望~

恐竜の研究は、古生物学に分類される。生物学に時間軸が与えられたもので、化石の発掘だけでなく、動物の解剖によって筋肉や神経系を分析し、恐竜ないし生命の進化の過程を紐解く。

「発掘は基本的に海外で行います。日本だと、恐竜の発掘は時間とコストがかかるんです。モンゴルのゴビ砂漠やアメリカのグレートプレーンズなど、海外の乾燥地帯は岩が露出しており捜索範囲が広い。日本の場合、木や草に覆われているのが大抵で、仮に化石を見つけても山を切り崩す必要がある。気候条件の差が、日本の恐竜発掘を難しくしているのです」

許可取りや予算の問題など大変な面もあるが、発掘自体は非常にやりがいがあるそうだ。小林氏は、コロナ禍で海外調査が出来なかった間、日本で研究を続けていた。結果として、北海道のカムイサウルスやパラリテリジノサウルス、淡路島のヤマトサウルスなど、数々の国内恐竜を命名できたため、それはそれで良かったという。

「実は北海道の恐竜の多くは、海の地層から発見されています。おかげで、陸の恐竜に加え、アンモナイトや首長竜など海の生物や、海岸線に住んでいた恐竜の化石も出る。世界の恐竜って、五%ほどしか海の地層から発見されておらず、海の古生物や海岸線の恐竜の生態系はあまり描かれていないんです。日本は、その空白を埋め本当の恐竜の世界を描く鍵となるかもしれません」

発掘するということ

現在見つかっている恐竜の数は、およそ千種類。哺乳類が五千種類、鳥類が一万種類いるのに対し、一億七千万年もの月日を生きた恐竜が千種類。数で言えば、まだ氷山の一角に過ぎないことが窺われる。

小林氏は、研究者のなかでも実に幾多の新種を発見することに成功している。一体なぜそんなにも多くの恐竜の化石を見つけられるのだろうか。

「発掘調査は、大きいチームだと二、三十人でやります。十分な食事と共に何台もの車を走らせ、現地に着いたら自由行動。綺麗な崖や露出している岩があると、みんなそこへ向かうんです。僕が意識しているのは、みんなとはあえて違う動きをすること。人の行かないところに、実は宝が落ちていたりする。例えば、グリズリーが蔓延り、天候も厳しいアラスカはみんな行きたがらない。でも、そんなアラスカにこそ新たな発見がある」

発掘の期間には、幅がある。二ヶ月ものあいだ灼熱のゴビ砂漠にいる時もあれば、出入りに二十日を要し、調査時間がたった二日しかない場合もある。だが、恐竜の調査は、恐竜を見つけることだけではない。化石を見つけられなかったとしても、恐竜の埋もれている地層や当時の環境、気候、動植物を調査する。いかなるケースでも成果が得られるような研究方法を確立しているのだ。

とはいえ、生物学の研究では現存する動物の観察が可能だが、対象が滅んでしまった恐竜学では、化石といった数少ない証拠を頼りにしなければならない。骨から古代世界の全貌を再現するのは、それこそ骨が折れる作業ではなかろうか。

「特徴を多く持つ骨が見つかるのが大事なんです。たった一個の骨でも、その一個にたくさん情報が入っていれば、恐竜の種類や大きさが解ってくる。また、技術の進歩や他学問との融合で、恐竜研究の領域は着々と広がっています。近年は、恐竜の色も見えてきました。メラノソームという色素が化石として残っていることが解ったんです。それを分析すると、例えば始祖鳥はカラスっぽい黒や灰色をしていたと考えられるようになった。判明し難いのは、恐竜の社会行動など化石にならないこと。それでも僕らは少ない断片から分析を試みています」

手元の骨は、それをまとった肉の塊が生命として血を通わせ動いていたという確たる事実をありありと浮かび上がらせる。それは決して、文芸的な想像ではなく、科学に根ざした研究の営為だ。映画ジュラシックシリーズに描かれる情景は、ゴジラのような架空の物語ではなく、れっきとした過去の事実の再現なのである。卓上の空想は、時として質素な感傷にしかなりえない。太古の化石が現代に遺贈した世界像を科学によって紡ぎ出す学問の営みは、絵空事の空想よりも遥かに濃密で本質的であろう。

恐竜は我々に何を付与するのか

恐竜研究は、やがて生物の大量死という帰結に必ず行き着く。栄華を誇った彼らの運命を知りながら共に歩む道のりは、浪漫の反面、どこか切なさを感じてしまうが、果たしてその帰結は行き止まりでしかないのだろうか。絶滅は、終着点でもあり始発点でもある。絶滅について小林氏は、次のように語った。

「まず鳥に形を変えた恐竜は今でも生きているので、恐竜は完全に絶滅したわけではないと言えます。鳥以外の恐竜の絶滅に関しては、隕石説や複合説など、学説上の対立がある。ただ確かなのは、鳥に変貌したものは、大きい恐竜を避け木々を転々とした明らかに弱い連中だったこと。劣っているように見えたものが、あとで日の目を見るのは、今の人間社会にも通じるところがありますね」

人間社会への応用。あらゆる学問が通る道だ。恐竜時代は、ファンタジーとは程遠い、紛れもない歴史である。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶと言うように、人間は恐竜の歴史から何を学べるのだろうか。

「隕石という外的要因で亡くなってしまった恐竜。他方、人間は環境破壊を続け、他の動植物を絶滅に追いやっている。外的要因を自分たちで作り出しているのです。そういうなかで、はたして人間が恐竜みたいに絶滅するのか、あるいは恐竜から絶滅を学び、種の繁栄を一日でも長く維持するのか。今はまさに選択の時期だと感じます」

大学研究とは、世界の編成である

「恐竜研究は謎が多いからこそ、流動的で面白い。恐竜絶滅は隕石だけによるものか、複合的な要因があるのか。ティラノサウルスに生えていたのは羽毛か鱗か。一つの発見で、昨日今日の学説がガラッと変わっていく」

特に羽毛は、研究史上の転換期だったという。九十年代から、羽毛恐竜が次々と発見された。それは、鳥も恐竜であったことを意味した。恐竜は、過去に絶滅した謎の鈍間な動物ではなく、爬虫類から鳥への進化を記録した重要な存在だということが認識されたのだ。

「恐竜の研究が、エンターテイメントからサイエンスに変わった瞬間が九十年代だったと思います。ちなみに、エンターテイメントを否定している訳ではありませんよ。ジュラシックパークとか、映画は映画でいい。楽しい、面白いと思えることが大事で、サイエンスとしての正しさは、二の次です」

エンタメは入口でいい。まずは、興味の芽生えが大切。なるほど。しかし、興味を持っても次のステップで、怖気付いてしまう人も多そうだ。興味から研究へ。未開を切り開く研究者という存在に、畏怖してしまう。そんな杞憂を抱く現代の学生へ向けて、小林氏は最後にこう述べてくれた。

「刺激的なことを言うと、下手に勉強ができるとだめなんですよね。慶大生や北大生も同じ。勉強ができる人は器用ゆえに、プライドが高い。失敗が許される大学生のうちは、素直に馬鹿や無知を認めたほうがいいと思う。そして、貪欲に学んでほしい。知ったかぶりは、社会に出ると致命傷を負う。プライドや大学名の看板から自由になってほしい。自分でアンテナを張り、社会の動きを敏感に捉えてほしい。僕は、昔は恐竜の図鑑を見たり、大学院の先生の洋書を眺めていたりしていたけど、今となっては自分が教科書。研究者として、どんどん歴史を作り出していく。この立場は最高です。だから、皆にも自分の世界を生み出せる人になってほしい。そう思います」

 

(野田陸翔)