「どうしてもあの中に割って入りたい。切り込んででも入ってみせる」。作家・白洲正子が自著で語った、文学サロン「青山学院」への執着心を示す言葉だ。青山二郎や小林秀雄ら文化人の仲間入りを果たそうと躍起になる彼女の姿は、大学での研究に憧れた受験期の自分と重なる▼骨董の師、青山二郎に「韋駄天(いだてん)」の異名を付けられた正子の足はとどまることを知らない。陶器の名品を求めて駆け回り、得意顔で師匠の下に参上しては一笑に付された。正子の韋駄天ぶりは「年とともに落ち着くどころかますます甚しく」なったという▼もう走り疲れたのだろうか、かつて受験生だった韋駄天は今、なまった足に甘んじているようだ。受験競争で疲弊した学生は無難に単位を取って進級し、卒業後の進路を決めるだけで大学生活を終える。多くのお金と時間を投資した結果にしてはもったいない▼英国仕込みの夫・白洲次郎はたびたび正子に「プリンシプル(原則)」が日本人には欠けていると文句を言ったそうだ。学業でも原則は軽視されているように思われる。過度な受験競争は高校の一般教育をなおざりにし、早期化する就職活動は大学での研究を妨げる。暗黙のルールの前に、学びの理念は立ち消えとなる▼学生が学業だけに専念するのが難しい今、学びに費やせる時間は少ない。「青山学院」の生徒となってからの正子に「あくびをする暇はなかった」。この新聞を手にした受験生が、学び続ける大学生活を答案用紙に誓い、受験期に思い描いた学び舎の青写真を胸に晴れて4月、大学の門をくぐれることを願う。(小柳響子)