慶應塾生新聞会 三田オフィス

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医学部不正入試問題をラップで歌い上げたcrystal-zさん―ニュースの後の人生とは

「年齢のハンデ?夢にさえ思わねえ」とラップをするのは、crystal-zさん。30歳を過ぎて医学の道に進むことを決意した彼の経験を歌った「Sai no Kawara」は、多くの人々の心に響いている。医学部不正入試問題の被害者となり、悲劇の主人公だった彼は、現在どんな生活を送っているのだろうか。ニュースの当事者の続きの物語に迫っていく。

 

不誠実な大学側の対応への怒り

医学部不正入試問題が発覚した2018年。この年、crystal-zさんのもとにも、電話口で本当は受かっていたことが告げられた。すでに地方の国立大学に進学していたこともあり、最初は他人事のような気持ちだったものの、人生を変えられた受験生たちの気持ちをないがしろにするような対応に、怒りが湧いてきたという。

「不正じゃない」と激しい口調で話す「Sai no Kawara」の最後のサンプリングは、実際に大学に話を聞きに行った際の音声である。肝心なことはすべてはぐらかされ、再受験生を落とした理由について尋ねても、支離滅裂な言い訳が繰り返された。

 

人生を変えられた無数の受験生の代弁者として

受験生を「一人の人間として見ていない」から、このような対応が生まれると感じたという。「実際、自分は年齢でしか見られなかったわけです。この人がどういう生き方をしてということまで、思いが至れてないんですよ。だからこんな残酷なことができるし、いざ不正がばれてもきちんとした謝罪はしない」と怒りをにじませる。

crystal-zさんは音楽などの芸術について、「人となりを理解するうえで、有効な手段ともなりえる」という。追体験できる構造の「Sai no Kawara」を聴き、理不尽な理由で受験生を落としてきた罪の重さや、落とされてきた受験生たちの思いを実感してほしいと語った。

「僕はたまたま音楽をやっていたので、広く世の中の人に訴えかけることはできた。でも、僕以上に苦しい思いをした人はいっぱいいるんですよ。過去に落とされて、闇に葬られてきた人たちの思いを代弁できたらな、と思って作った部分もありますね」と話す。自身は氷山の一角であり、この問題の恐ろしさを伝えたいという。

悲劇の主人公では終わらない人生

大きな反響を生んだ「Sai no Kawara」に続いてリリースされたのが「rope5」。大学合格後の生活を歌ったこの曲は、受験当時支えてくれた彼女への手紙という体裁で書き上げたそうだ。遠距離恋愛をしていた二人を、天の川に隔てられた織姫と彦星に見立て、七夕の短冊に自身の思いを託し、彼女へ届ける。この曲を出したのは、自分の今の生活を伝えるためだという。

「いつまでも悲劇の主人公ではいられないなっていうのがあって。当たり前だけど、ニュースの当事者の人生は続いていくんですよ。でも、一度きりのニュースで、その後の生活を想像できる人は少ないと思うんですよね。だからその続きを想像させるっていうことでもあります」。実際、コロナ禍で広がったテレワークのおかげで、当時彼女であった奥さんと、二人の間に生まれた子どもの三人で過ごすことができている。悲劇の主人公も、今は結構幸せな生活を送っているそうだ。

イースターエッグの仕掛けに込めた思い

「Sai no Kawara」にも、「rope5」にも、多くの隠されたメッセージ、いわゆるイースターエッグがある。今回、そのうちのを一つ明かしてくれた。「rope5」の三番の歌詞、「書き上げた短冊は」から始まる四小節は、新型コロナウイルスの暗示になっているそうだ。「一度聴くだけだと、二人の絆を歌っているのかなって思うようにしているんですけど、ちゃんと聴くと、コロナの影響で二人は一緒に暮らすことができたということになっているんですね」。それぞれの歌詞がコロナを表している理由を、自分で解明する楽しみを味わってほしいと話す。

イースターエッグは単なる遊び心のあるメッセージにとどまらない。crystal-zさんは、さらに情報過多の世の中に疑問を抱いている。「情報の消費のスピードが速い世の中だと、受け手の読み取る精度はどうしても下がってしまう。みんながもう少しでも立ち止まって考えてくれれば、より良い社会になるのになって思います」。イースターエッグをちりばめた二曲を通し、一つの情報を咀嚼する時間を増やしてほしい。そんなメッセージも込められている。

「ガラスの天井」が残る現代

裁判と音楽の両方で、自分の思いを表現できたからこそ、それに共感してくれる人も増えた。同じアイデアでも、アートに乗せたら伝わり方も変わってくる。彼は、自身の行為を「ガラスの天井」を「タギング」するものだと話す。「タギング」とは、街中をキャンバスに見立て、ペンキやスプレーを使い、作者の思いで描かれるアートを、ヒップホップ流に表したものだ。「『ガラスの天井』を破ることはできなかったかもしれないけれど、自分なりのやり方で、『ガラスの天井』を可視化できたんじゃないかなと思います」

さらに、空気を読みがちな日本人特有の問題についても語った。「これから先、多くの人が不幸になるかもしれない事実を自分だけが分かっていながら、わきまえて闇に葬ったら、何にも世の中進んでいかないと思います。だから、空気を読んで黙ってしまう人に対しては、『わきまえるなよ』と伝えたいですね」

 

crystal-zさんは、自身の経験を伝えるためだけに歌っているのではない。彼の紡ぎだす音楽が、明るい未来への「一発逆転のヒント」になるかもしれない。もう一度、立ち止まって、彼の思いを聞いてほしい。

 

(倉片真央)