くらしはデザインで溢れています。しかし、そのほとんどが一般的に「デザイン」としては認識されていません。生活の「当たり前」には、それぞれ意味があります。通年連載を通して、デザインの奥深さをのぞいてみましょう。

道を歩いていて交差点に差しかかると、赤信号によって強制的に行く手を阻まれた。小休止にしばらく信号を見てみる。信号をじっくりと見たことがある人は少ないのではないだろうか。

今ではLEDを使った交通信号灯器(信号)が主流だが、増え始めたのはここ10‌数年のことだ。それ以前の信号の光はすべて白熱灯であったが、LEDの登場で信号そのものを軽く、薄くすることが可能となった。そのため、デザインも一新することが求められた。

その一新に携わった一人がプロダクトデザイナーの秋田道夫さん(65)だ。信号を作っている企業は日本で5社ほどあるが、そのうち九州にある信号電材株式会社という会社と秋田さんは付き合いがあった。その会社から「今度LEDの信号を作る」との話を聞き、正式に依頼を受けた。

LED信号機をデザインした秋田道夫さん

我々が道路を横断する際に意識して見るのは、信号の正面だけだろう。そのため、そちら側に意匠を施すものだと思うかもしれない。しかし、秋田さんは正面について、余分な輪郭線を整えて信号の光を見やすくするだけにとどめている。余計な加工をして個性を出し過ぎると、逆に視認性が落ちるからだ。

秋田さんのデザインは信号の後面に特徴がある。まず後面に丸みを持たせることによって、側面から見たとき薄さが際立ち、圧迫感が少なくなった。のっぺりした印象を消すために後面には細い縦の線をいれてある。これは雨や汚れがまっすぐ地面に落ちるという機能的な面もある。

銀座4丁目交差点と歩行者用信号の背中(提供)

また、秋田さんはできる限り不要な出張りをなくそうと考えた。それは信号自体を長持ちさせることに寄与する。「設置されたときがベストなのではなくて、5年後、10年後も変わらないようなデザインを心がけた」と話す秋田さん。逆に技術的に出張りをなくすことができない金具部分は、あえて美しく強調することで丈夫さを表した。耐久性がありつつ、小じゃれた感じを出す良い案配を模索した結果のデザインなのだ。

信号は大きさや形などの規格が決まっているため、デザインの裁量は限られている。制約の中でどうしていくかが味噌となる。「デザインとは素敵な妥協をすること」と秋田さんは表現する。ある条件の中で妥協したとしても最善のものを作り出すこと、それをいかに妥協に見えないようにするかが肝要なのである。信号もまたそのような素敵な妥協の上でできている。

特定の景観に合うのではなく、少しずつ不都合があってもあらゆる景観になじむのが公共機器のデザインだ。信号が我々の目に印象深く残ることはまずない。彼らはそれほど自然に溶け込んでいる。そして息を潜めながらその意匠を武器に、目を光らせて今も我々を見守っている。

(曽根智貴)