本書はフランス文学者・文筆家の澁澤龍彦が50代半ばに著した物語風のエッセー集である。「綺譚」とは永井荷風の造語で、「美しく優れた物語」を意味する。12篇からなるエッセー集には、著者の感じた興趣に対する、きらびやかな文章が紡ぎだされている。タイトルはすべて「○○について」となっており、扱う内容、時代や地域、著者の趣向はさまざまで、多様な変貌を見せる。

表題となっている「ドラコニア」という見慣れない単語。「ドラコニア」とは、「龍彦の領土であり、小さな書斎のようなもの」と述べられる。「ただし、それは小さいけれども伸縮自在の書斎」だ。澁澤は自らの国で、円熟した精神運動を展開しているのである。

随所に表れる著者の美意識は甘美な風味を醸し出す。「神話や伝説の起源を合理的に解釈しようとする試みに対して、いつも私は胡散くさいものを感じてしまう」。暴力やエロティシズムなど人間の暗黒的な側面に光を当てた作品を残してきた著者。それがたたり裁判沙汰になったこともあった。本書にはそのような記述は少なめだが、彼のいきいきとした高揚感は健在だ。

著者の文体は一言でいえば衒学的である。澁澤の知識量は膨大で、彼は古今東西の文献を基にして執筆を行う。澁澤の妻である龍子夫人は、彼の死後「私は、澁澤が生きているときに辞書を引いたことがない」と述べている。分からないことはすべて澁澤に聞けばよかったからだ。いったいどれほどの知識を持っていたのか、読んでいて目がくらみそうである。まさに生き字引だ。

三島由紀夫、土方巽など、当代のさまざまな文化人と交流を持ち、彼らを魅了していた澁澤龍彦。「ドラコニア」に入国して、ペダンチックな美的世界に魅せられる人は現在でも少なくないだろう。

(曽根智貴)