歴史を学ぶとはどういうことなのだろう。そもそも、歴史とは何だろう。大学生の中には受験生時代に覚えたこととしか思わない人も多いかもしれない。

歴史の面白さを現代に伝える
歴史の面白さを現代に伝える
「歴史とは何か、それは道具である」。そう答えるのは歴史学者の磯田道史氏だ。歴史作家としての顔も持ち2010年に堺雅人氏主演で映画化された『武士の家計簿』は大きな話題となった。5月14日には、磯田氏の著書『無私の日本人』所収「穀田屋十三郎」(文春文庫刊)を原作とした映画『殿、利息でござる!』も公開される。歴史を知る面白さを一般の人々に再提示している磯田氏に歴史についての考え方を聞いた。

「歴史というのは本来、望遠鏡や顕微鏡のような道具、実用品なんです。私たちは普通に生活していると狭い時間と空間の牢屋に閉じ込められている。それを壊して壁を取り払うものが歴史なんです」 私たちは因果関係の世界で生きている。先に起きたことが後に影響を与える。今、私たちが生きている世界がなぜこのような状況であるのか、今のような価値観がどうして存在しているのか。そのようなことを考えるために歴史が必要なのである。では歴史を学ぶ意味はどこにあるのか。

「例えば、私たちが恋人と別れたらその原因を考えるでしょう。どうしてこうなったのか、それは個人単位で歴史学を行ったといえるのです。それを日本という単位で行えば日本史、世界の単位で、人類の単位で行えば世界史であり人類史である。他にも、馬の歴史もあればトイレの歴史も成り立つ。このように認識の幅を広げていくものが歴史であり、歴史を学ぶ意味でもあるんです」

「Backing into the future」という言葉がある。過去を見ながら未来に向かって後ずさりするという意味だ。磯田氏が行っていることはまさにこれだ。人間は未来を見ることはできないが、過去から未来を予想することはできる。見えない未来に後ずさりするのは恐ろしい。過去から学ぶことで未来をうまく生きることができる。

磯田氏は自らを「歴史の救急車」と形容した。古文書の知識を世に役立てる。先日の熊本地震でも磯田氏はいち早く400年前の熊本地震の歴史を新聞やテレビで解説した。こうした活動の裏には大学院時代の経験がある。

大学院進学を決めた頃、友人たちは次々と就職を決めていく。その中で自分は好きなことばかりしていて良いのだろうかと考えていた。その頃、大学の図書館でアインシュタインの随筆を読んでいるとき、ある一節に強い感銘を受けた。

「人は得たもので評価されるべきではない。人に与えたもので評価されるべきである」。人間は持っているもので人を評価してしまう。しかし人にどれだけ貢献したか、与えたかという点で人間を評価すべきだという意味だ。 この一文を見つけたときは震えるほど感動したという。そのときの自分は歴史の知識を数多く吸収し、蓄積していたが、人の役に立つために全く使っていない。この知識を何かに生かしたいと強く思ったそうだ。

磯田氏はこれからも歴史の救急車として日本中を走り回る。
(世古宗大士)