【塾生の見た戦争】第7回 向かいあい 共に築く記憶

アートを制作した土屋さん
アートを制作した土屋さん

日本は今年で戦後70年を迎えた。戦争体験者が残る最後の時代である今だからできる記憶の継承とは何か、考えたい。後期の連載では、塾内で行われている取り組みを紹介する。大平洋戦争の時代を生きた人々の記憶を継承することを目的とする慶大内のプロジェクト、「大平洋クリエーティブ・アーカイブス」の中心メンバーである土屋大輔さんに話を聞いた。

戦争を経験した世代の人口が減少している現在、その記憶を継承するために様々な方法がとられている。戦争に関する教科書の記述、戦地での体験を語る元兵士のビデオ、戦争の悲惨さを伝える講演会など、その形式は多種多様だ。

これらの方法に共通しているのは、体験者である語り手と聞き手との情報のやり取りが一方通行になりがちな点にある。講演会などで体験者の話を聞き疑問に思うことがあっても、それを直接本人に問う機会は少ない。
「録音を聞き、動画を見るだけで記憶の継承と呼べるのか」。録画や録音からの体験談を見聞きすることは何年経ってもできる。彼ら(体験者)が生きているうちにしかできないことは何か」と考え、より良い記憶の継承の方法として直接対話してみようと思い立った。

「戦争の記憶、と聞くと兵隊として戦うイメージのみが先行してしまう。そうではなくて、戦争の時代を生きた人々の人生を日常生活も含めすべて継承しようと思った」。戦時中の数年間の話だけでなく、戦前、そして戦後から現在に至るまでの日々の生活の話も聞いた。「(学徒出陣第一回生の塾員の方から)話を聞き、僕たちも質問する。一方的に聞くだけではわからないところは質問して何度も、何日もやりとりを繰り返した」と土屋さんは振り返る。

共につくるアート

こうして「体験者が戦争を通じて感じたことを、自分自身と重ねることができた」と感じるほど話を聞いた後、アートの製作に取り掛かった。構成についても、体験者と意見を交わした。話し手と聞き手の共同アートを目指したのだ。

戦争で命を落とした塾生の名前を書いたTシャツ。全40枚ほどある
戦争で命を落とした塾生の名前を書いたTシャツ。全40枚ほどある

今回、土屋さんたちが作ったのはTシャツで、表面には慶大の戦没者の全員の氏名が手書きで記されている。「戦争と聞くと特定のイデオロギーが絡んでいると捉えられやすいが、今日までにこれだけの多くの塾生が命を落としたという事実それだけを知ってほしい」との思いから作られた。

今のところアートはネット上では公開されていないが、それは単にプロジェクト自体が手探りの状態で、出せるだけの作品が集まっていないだけであり、「活動の節目には、制作された作品群を展示する場を作りたいと思っているし、その場としてはSNSなども考えている」と述べた。

「今回のプロジェクトでは、語り手からアート製作者である聞き手への記憶の継承は達成されたと思う。しかし、アート製作者から鑑賞者に伝わっているかは微妙であり、これがこれからの課題」と語った。

「根っこは僕らと同じ」

土屋さんも大学3年生になるまで戦争に正面から向き合うことはなかった。「戦争に対して何か思う以前に、関心がなかった」。しかし戦争の体験者の話を聞いて見えてきたのは、今と変わらない普通の大学生の姿だった。神宮外苑競技場での学徒出陣壮行会を無断欠席し、女性とラインダンスを見に行った過去を教えてもらった。「時代は変わっても、根っこは僕たちと同じだとわかってからは、戦争への関心も生まれてきた」と話す。

「戦争の体験を話す人と聞き手の距離を縮めることができた」点で新たな可能性を切り開いたアートだという。それでもアートの鑑賞者が戦時のことを深く理解するのは難しいが、「アートの意味をくみ取り、戦争に関心を抱くきっかけになれば」と願う。

土屋さんたちが製作したアートは何か戦争に関するメッセージを訴えるためのものではない。純粋に語り手の記憶を受けとめた結果に生まれたものなのだ。
(小林良輔)