スポーツチームと地域との関わりが話題になっている現在の日本に、新たに『地域密着』を目指すプロスポーツリーグが誕生した。日本初のプロバスケットボールリーグ『bjリーグ』である。bjリーグは、プロ化を目指していた新潟アルビレックスとさいたまブロンコスが、今夏JBL(ジャパンバスケットボールリーグ)を脱退、これに東京アパッチ等の四チームが加入し、計六チームで先月五日に開幕した。

 今回お話を伺ったのが、bjリーグの会長を務める木村育生さん(S57年商学部卒)。親交のある新潟アルビレックス・池田弘社長にリーグ設立を依頼され、初代会長に就任した。会長として目指すのは「バスケ競技の普及」である。「日本において、バスケは学校の授業でも行われる慣れ親しまれたスポーツ。それなのにプロ化されていない。身近にプロで活躍する選手がいないと、部活などでやろうとする子どもは増えません。(プロ化することで)競技の裾野を広げたかった」と話す。

 bjリーグ会長の一方で、自ら設立した(株)インボイスでは社長を務める。今年、インボイスはプロ野球の西武球団の二軍チーム、および本拠地・西武ドームの命名権を取得した。「広告宣伝を期待した。少なくともスポーツ関係者には名前が知られた」と、木村さんは成功の手応えを感じている様子。ちなみに球団自体の経営参加については「命名権を持たせて頂くだけです」と述べ、きっぱりと否定した。

 木村さんは中学時代から慶應に在籍し、中等部の時はバスケ部所属だった。高校・大学ではそのバスケ部のコーチとして、中等部に通っていた。それゆえ、「勉強は全くしていなかった」とのこと。ところがコーチ業にのめり込みすぎてしまい、大学一年時に留年してしまう。「付属の学校から進学してきていたため、友達は最初から沢山いました。けれど留年して他の人より進級が一年遅れた。すると自分が四年生になると、皆が就職してしまい、一年遅れの自分に友達がいなくなってしまったんです」と、木村さんは当時を振り返る。寂しさと同時に『劣等感』を強く感じたという木村さんは「就職したくない」との思いから、大学卒業後にアメリカへ留学。そして二年後に帰国し、インボイスの前身である(株)I.Q.Oを設立した。

 今でこそ起業というと珍しい事では無いが、当時としては大変な事であり、会社が軌道に乗るまでには苦労が多かったそうだ。しかし、「同級生より進級が一年遅れた事による『劣等感』が、彼らと違う道を歩んで追い越してやろうという『競争心』につながった」。会社は今や上場企業にまで成長しているが、まだ同級生を追い越したとは思っていない。「結論は死ぬまで分からない。いつが頂点になるかは分からないが、死ぬときが頂点であって欲しいですね」。

 最後に、木村さんに大切にしている事について尋ねた。すると「バスケのコーチでも会社の経営でも、人の心を動かす力が無いといけません。そして、その力を出すには『心を読む』ことが大事。これはプロポーズする時とか、子どもに対する教育とか、全てにわたって言えることです」と答えて下さった。『心を読む』ということも、木村さんにとって成功のエッセンスだったに違いない。

 苦労しつつ成功を果たしたが、それでも『劣等感』を糧に、さらには『読心力』を持つことで、より一層の高みを目指す木村さん。果たして、次はどんな一手を繰り出すのだろうか。木村さんの今後に大いに注目したい。

(羽原隆森)