最近、テレビ番組「オーラの泉」や、そして江原啓之の活躍により、スピリチュアリティという言葉が巷で頻繁に聞かれるようになった。そこで今回、このようにブームになっているスピリチュアリティという言葉の本質について、慶應義塾大学文学部准教授である樫尾直樹氏にお話を伺った。

 スピリチュアリティについて、樫尾氏はまず、ブームの中で言われているスピリチュアリティと本来のスピリチュアリティとは違うとして「メディアではスピリチュアルというと霊の話になり、信憑性の低いものになってしまうが、スピリチュアリティ文化は、医療から大衆文化までという裾野が広い精神文化の現象である」ということを語ってくれた。

 そこで、本来スピリチュアリティとはどういうものなのかと聞いてみると「自分の中や自分と他者との間で働いていると感じられる、自分を超えた何ものかとつながっている感覚(の質)」と語ってくれた。また、スピリチュアリティと既存の宗教との違いだが、一般的には、スピリチュアリティとは既存の宗教から組織性を引いたもの、つまり、個人的な宗教性、宗教的実践という風に捉えられている。しかし、スピリチュアリティと宗教は必ずしも違うものではなく、スピリチュアリティは宗教体験の核と言える。

 今、スピリチュアリティという言葉が流行る背景の1つには、既存の宗教が、専門用語を使いすぎることによって、人々が理解しにくいことが挙げられる。2つ目には、宗教は文化の基底であって、とても大切なものであるにも関わらず、人々の頭から宗教という存在自体が忘却されていることにも原因がある。

 樫尾氏は、本来のスピリチュアリティをよりよく理解するためには次のようなことを想像すればいいと言う。例えば、親に感謝すること、あるいは目の前にある食の連鎖を考えることなどである。つまり、親に感謝したり、食の連鎖を想像したりすることは、目に見えない命のつながりを感じることといえる。これにより生命のつながりが身近に感じられ、ひいては自分が生かされているという感覚が分かるようになる。そして利他的になり、人々に奉仕するようになれば尚の事良い。

 スピリチュアリティを突き詰めていくと、人間の生き方や生命のあり方にもつながっていくようだ。皆さんも、もう一度スピリチュアリティについて考えてみてはどうだろうか。

(北澤栄章)