「13番、鈴木惇志!」「えっ?!」

代々木第二体育館に響くアナウンスに、思わず声を上げてしまったのは私だけではなかったかもしれない。少なくとも、慶大のバスケを具に見続けている人々の多くは驚いたはずだ。聞き間違いではないかと。しかし、目の前をコートに向かって走っていくのは確かに184センチの3年生の姿だった。

開始早々に4年生の香川隼人が2ファールを犯し、マッチアップが変更。鈴木はここから相手の4年生エース・近森裕佳を徹底マーク。本来ならば1試合平均で20点台後半を記録する近森は19得点とブレーキ。鈴木が、勝利の立役者となり、同時に信頼を掴んだ瞬間だった。

昨年の春の早慶戦での出来事である。

あの時の起用は驚きでした、と私が話すと、鈴木は笑いながらこう返してきた。

「その一週間ぐらい前の練習を思い出すと、(起用の優先度が)6人目くらいだったんですね。丁度スタート(のメンバー)が出ていて、2分くらいして僕が出て行って、というのをスクリメージでやっていたんですけども。(スタメンの)可能性としては、一応少し考えたこともありますね。あったらいいなぁ、くらいに(笑)」

直前に行われたトーナメントではほとんど出番が無かった。1年生の時こそ、選手層が薄いことも手伝って鈴木の出番は多かったが、2年次にはベンチで過ごす時間が圧倒的に増えてしまう。プレータイムが与えられるのは、慶大が大量リードを奪った試合終盤。それも、プレー中はコートに残った主将の酒井泰滋に怒られることが多かった。鈴木は当時を「その時期は何も無い状態、出来ないのに出させられて……。経験を積ませるとかそういう意図があったのかもしれないんですが、それに見合うレベルに達していなかったのかなと思います」と振り返る。

そんな状態だった鈴木が一体なぜ、それも突然に覚醒したのか。

――鈴選手にとっては去年の早慶戦が転機になったと思うのですが、なぜあそこで状態が上向いたのでしょうか?
「正確に言うともう少し前ぐらいのトーナメントの段階で、トーナメント自体はベスト16で中央大に負けたんですけど、そのあたりから佐々木先生との信頼関係が少しずつ出てきた、と。それは1年、2年と重ねてきたことが出てきたのがその時期なのかなと。あの早慶戦は、言ってみれば博打みたいな感じで(笑)、結果的には上手くいった感じですが、僕としてはその辺の時期に自分のやるべきことが分かり始めて、それが丁度上手く重なったかなと思ってます」

――その『やるべきこと』とは?
「先生から期待されていることは、僕はリバウンドであったりドライブでかき回したりチームを勢いづけたりすることだったんです。けれど、僕は高校のときにスコアラーだったりすることもあって、高校の時の自分のプレーのやり方と、大学で自分がどうすべきか、との差というか、違いに苦しんだり、自分のプレーをどうすべきかで悩んだりというのがあって、それが徐々に擦り合わせられてきたのがその時期だったんです」

――試合後のコメントで『シュートタッチを試している』とおっしゃっていましたが……。
「僕、1年間浪人していたんですね。1年間ブランクがあって大学に入って、どういう風にシュートを打っていたのかな、とかを思い出せない部分があって。高校のときはある程度自分のシュートの確率には自信があったんですけど、1年間経って大学1年生になった時に、打ち方というのがイマイチつかめなくて、2年生までいろいろ試してたんですけどなかなか確率が上がってこなかったんですよね。で、実家とかに帰って昔のビデオを見る中で、自分の以前のシュートの打ち方と擦り合わせていって。そういう風に試していってたんです」

元々、キャリアのある選手だ。全中(中学時代)と国体(高校時代)で全国大会の経験がある。しかし、「勉強が出来て、バスケットもしっかり出来るというのはここしかないというのがありましたし、それ以前に1年間浪人した僕を受け入れてくれる大学というのは慶應しか無いと思っていたので。もう本当にここしかないという感じ」。慶大に進学し、バスケを続けようとしたが、現役受験の際には良い結果が得られなかった。翌年の再挑戦で念願が叶ったが、1年間のブランクは大きく鈴木にのしかかった。

ただ、彼は地道に、途方の無い努力を重ねていったのだろう。さらにその過程で、鈴木はやらなければならないことを考え抜いた。そう考えれば、鈴木の覚醒は必然であったのだ。こうやって文章にしてみれば、当たり前で単純なことだという印象を受けてしまうが。

主将の重責にも気負わず、1部復帰へ、その先へ

鈴木が覚醒した後、慶大は秋のリーグ戦で最下位に沈み、入れ替え戦で負け越し2部降格となった。「1年での1部復帰」の至上命題を果たすべく、新チームが発足。キャプテンに就いたのは鈴木だった。佐々木HCは「練習でチームを引っ張っていくことを期待している」という。

――佐々木先生は、春の最大の収穫は『キャプテンが絶対的な柱になったことだ』と話していました。
「うーん……そう言ってもらえるのはすごいうれしいんですけど、自分ではまだまだだと思っていますし、後輩も相当頼る部分もあるので自分では不十分だと思っています。もっともっとやらなきゃいけないかなと」

――これまでキャプテンの経験は?
「中学の時と、ミニの時にやってました。高校のとき以外は全部やってました」

――それと大学では違う面があると思いますが?
「そうですね(笑)。これだけの伝統と規模の大きいチームなので、やっぱり背負っているものは違いますね」

――先生から普段言われることは?
「よく言われるのは精神的な柱、チームとしてのそういった存在であって欲しいと。得点とか以外での存在感というのは非常に期待されているのかなと思いますね」

――キャプテンとして他の部員と対峙する時、意識していることはありますか?
「僕としては、スタートのメンバーに対してはそうなんですけど、上からものを言うという事はあまりしないで、同じ対等なプレイヤーとして向き合ってます。そこは先輩・後輩関係なく、コート上では一緒(の立場)だと思っているので。上下関係なく一人のプレイヤーとして思ったことを言って、それに対して向こうも思ったことを伝えてくれると思うんで。そういう意味での信頼関係は築けていると思います」

――ということは、去年までとはプレーの面ではそう変わりは無いと?
「そうですね」

――そこであえて挙げるとすれば?
「そうですね……僕がキャプテンということでみんなある程度話を聞いてくれているので、やりやすいところはあるんですけど……。特に気にかけているのは(小林)大祐とか岩下が、言い過ぎかもしれないんですが彼らはチームの中心なので、精神的にムラがある時に厳しく言うというか、必要以上に言うことはあります」

――慶應の4番(キャプテン)は重いですか?
「こういうことを言うと怒られるかもしれませんが……もちろん運営とかの面ではキャプテンというのを意識していることはありますし、コートに立つ時は(形式的には)キャプテンでもありますが、一プレイヤーの役割を果たさなきゃいけないと思っているので、プレイしている時は慶應のためにとかチームのためにと思うことが多いので、あまり考えることはありません」

――今の4年生でコンスタントに試合に出ているのは鈴木選手だけという状況ですが、主将としてのものとは別に最上級生として役割の大きさを感じることはありますか?
「3年生の田上であったり、大祐であったり、ものすごく頼りになる選手なので、僕自身はあまり背負い込んでることはないかなと思いますね」

――ということは気負わずにいい精神状態で戦えているということですね。
「春に関してはみんな良く支えてくれたし、後輩たちが頑張ってくれたのでやりやすい状態で過ごせたと思います」

――今後、リーグに向けレベルアップしたいところは?
「相当にレベルアップしていかなきゃいけないと厳しいと。どこも癖のあるチームですし、長丁場で色んな状況が考えられると思うんで、どのチームにも20点くらいのアドバンテージを持っていないと全勝は達成できないと思うんで。だから、どこかを上げるというのは難しいと思うんですよね。総合的にどのチームも凌駕出来るくらいのディフェンスもオフェンスも、慶應はちょっと別格だなと思わせるくらいのレベルに達しないと厳しいかなと」

――今後の練習で意識することはありますか?
「早い時期から、ゲーム、5対5を意識した練習が出来ていれば良いかなと。チームオフェンス、チームディフェンスというところで意思統一が出来ればいいかなと思います。」

――ファンへのメッセージを。
「今年は期待してくれていいと思うんで、一番面白いゲームを見せる自信はありますし、応援してくれる人の期待に応える自信もある。先の試合を全て勝つつもりでいるので是非応援してください」

インタビューにはいつも真摯に、時に冗談を交えつつ快く応じてくれる。それは、4年生となりキャプテンになっても変わらない。

これまでバスケ部に限らずいろいろな部を取材してきた中で感じたことに、ある選手がキャプテンになると緊張からか、それまでより表情が硬くなることがあった。慶大の体育会各部は、それも伝統のあるものが多い。OBとの繋がりも濃いだけあって、その分一層に伝統を一身に感じ、重圧も大きくなる。だが、鈴木はそれを感じさせない。インタビューでの言動からも、その様子が分かる。

2年前、佐々木HCが「今の2年生をしっかり育てないと、上級生になって後輩に頼ってしまうのが恐い」と話していたことがあった。確かに、闘将・酒井泰滋(06年度主将)に比べれば劣る。しかし、鈴木はこれまで慶大のキャプテンに相応しい求心力を存分に発揮している。

秋は1部復帰、インカレでも躍進が期待される。残酷な言い方をすれば、結果が全てだ。でも、きっと彼なら問題なくチームを導いてくれるに違いない――。鈴木とのやりとりの中で、確かにそう感じた。

運命の2部リーグ戦は9月6日、明治大学和泉キャンパス体育館でスタートする。

(2008年9月3日更新)

文・写真 羽原隆森