《働き方ケイカク》第8回 非正規雇用 変化する社会のあるべき労働の姿とは

働き方ケイカク

(左から)慶大法科大学院の森戸英幸教授と、一橋大の神林龍教授

日本では、派遣やパートなど非正規雇用で働く労働者が増加している。だが、正規労働者と非正規労働者との間にある賃金や待遇の格差は依然として深刻だ。こうした非正規雇用の問題にある背景について、労働問題に詳しい専門家である、労働法を専門としている慶大法科大学院の森戸英幸教授と、労働経済学が専門で一橋大の神林龍教授の2人に話を聞いた。

非正規雇用労働者の問題

労働法が専門の森戸英幸教授

労働法が専門の森戸英幸教授正規契約によって雇用される労働者、いわば正社員は日本独自の雇用慣行によって守られていると言われてきた。厳しい解雇規制や社内の福祉制度によって正社員は安定して仕事を続けることができたからだ。

このように企業にとって恒常的な労働力である正社員に対し、パートタイマー・派遣社員・アルバイトのような、いわゆる非正規労働者は臨時の即戦力として位置付けられている。そのため契約の期間が限定されており、賃金は低く、教育制度や福祉制度の対象外とされていることも多い。ゆえに非正規労働者の雇用は企業側にとっては人件費の節約になる。非正規労働者の数は増加し続けており、厚生労働省が公開している資料によれば、1989年には労働者全体で19%程の割合であったが、2016年には約37%に達している。

労働者側にとっても非正規雇用契約はデメリットばかりではない。正社員に比べれば働く時間や期間、割り当てられる仕事も限定されている非正規雇用は、職場外の生活に比重を置きたい人にとっては好都合だ。例えば学生や主婦もそういった事例に含まれるだろう。

とはいえ、非正規労働者をめぐってはこれまで様々な問題が浮き彫りになっている。介護や飲食業といった業種では、アルバイトやパートタイマーに安い賃金で過酷な労働を強いる案件が多発した。そのほか、「パートタイマー」にもかかわらずフルタイムで働く労働者や、契約を何度も更新することによって正社員と同じく恒常的な労働力として扱われていながら、いつ「雇い止め」されるかわからない不安のなかで働き続ける非正規労働者も存在している。賃金においても、非正規労働者と正規労働者との格差は拡大していると言われている。

このような問題は、企業がコストカットを目的として非正規の雇用契約を濫用することが原因となっている。2000年代からこうしたケースが広く認知され、社会問題となっている。

旧来型労働政策の破綻

日本の労働政策に関する議論は、長らく正社員を中心としたものに終始していた。森戸英幸教授によれば、主眼となっていたのは家族を養う男性正社員の雇用保護であったという。男性正社員が安定した雇用のもとで家族を養うに十分な賃金を得ていれば国民の福利厚生は保たれる、という考え方のもとでの議論だ。しかし、経済成長の鈍化、共働き家庭の増加や非正規雇用労働者の増加といった時代の変化によって当然通用しなくなっていったと森戸教授は話す。

神林龍教授も正社員による「正規の世界」が維持される中、「非正規の世界」は政策としては手つかずのまま放置されていたと指摘しつつも、「2000年代から非正規労働者の問題が、ブラック企業などといったシビアな問題として可視化されるようになった」と話す。それを受け、政府は非正規労働者の保護を名目として様々な法整備を進めている。2013年には改正労働契約法の施行によって、労働者側の申請で有期契約から無期契約への転換が可能となり、非正規と正規との間に不合理な格差をつけることも禁止された。

社会の変化と「働き方改革」

労働経済学が専門の神林龍教授

一方で、以前より保護されてきた正規の世界にも変化が訪れつつある。日本における正規雇用は「メンバーシップ型」という、会社が労働者を組織の一員として雇い、仕事を割り振るタイプの雇用が主流であった。森戸教授によれば、会社による労働者の生活保障やキャリアアップに繋がるというメリットがある一方で、「会社に尽くす」ことが求められることで長時間労働や、子育てにも従事する女性の社会進出を妨げるといったデメリットもある。

そこで限定正社員のように、無期契約ながら定められた範囲内でのみ仕事を行う新しいタイプの正社員も出現し始めている。非正規雇用に関する法制度の議論も、「働き方改革」も、従来の雇用慣行にしたがって考えられてきた労働や政策のあり方を今の状況に合わせようという動きの一環ではあるだろう。他方、労働者に対して企業が安定した生活を保障していた時代が過ぎ去りつつあることをも意味している。

このように企業の正社員というモデルを中心に考えられてきた日本社会は変化の潮目に立たされている。問題は非常に複雑だが、過去から続く社会変化の流れを注意深く省察する必要がある。

社会構造の変化に適した労働政策の議論のために

神林教授は非正規雇用問題について次のようにも述べる。「実際のデータを見ると非正規の割合が大きくなってはいるが、正規労働者の数はそれほど変化していない。正社員がコストカットのために非正規労働者に取って代わられているという話がまことしやかに語られることもあるが、明かされているデータを用いて労働問題については冷静に分析をするべきだろう」

労働は我々の生活に関わる非常に重大な問題であるがゆえに、統計的なデータを大事に活用しながら、じっくりと冷静に議論していくことが求められているのではないだろうか。今では不安定な我々の生活の足場を固めるには、忍耐が必要だろう。

(村上龍汰)


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