ブックディレクター。本を制作するのでなく、本の販売を目的とするのでもない。然るべき状況に然るべき本を提供し、本棚を編集する新しい職業だ。

 文学を中心に本を貪り読み過ごした少年時代を経て、18歳の時に訪れたロンドンでのビジュアルブックとの出会いから、アートという大胆で奔放な世界に魅了される。一方で、今もなお240円を片手に毎週欠かさず近くのコンビニに『ジャンプ』を買いに行く。文学、アート、漫画…。「自分の中では、ジャンルに境界はなく、全ての本は並列に各々の魅力がある」と幅允孝氏は言う。

 将来は本に関わる仕事をしたいという想いから幅氏が最初に選んだ職業は、本屋の店員。そこで幅氏が感じた事は、本と人との出会いの悪さだった。

 本屋に人が集まらない。そして減ってゆく本の販売数に反比例して、どんどん増してゆく本のタイトル。結果として、次々と出版される本に埋もれてしまう素晴らしい本の数々。

 「素晴らしい本の存在に気付きにくいのならば、本と人との出会い方を設計すればいい」。その考えがブックディレクターを始める根本となった。

 本と人との出会いを充実させる。その手段として、幅氏は「空間」に目をつけた。

 床材から椅子、更には飲み物の提供等々。「少しでも長く居られる居心地の良い空間を作り、偶然目に留まる本との出会い、つまり、図らずも誘発される本との出会いを増やしたい」と幅氏。

 また本棚という具体的な空間に関しては、従来の本屋とは異なるセグメントを設けている。東急ハンズ銀座店の本棚は生活のシーン別、旅行がテーマの書店BOOK 246の本棚は大陸別に本を並べる。出版社や著者別でなく、未知のセグメントから成る本棚により、好奇心や新たな発見が湧き上がる。

 では、本の素晴らしさを前面に押し出す仕事をする幅氏にとって、本の魅力とは何なのか。 

 「まず、行間にでる細かいニュアンス。ありがとうという言葉一つ取り上げても、ボール紙の上と薄い繊細な紙の上では、醸し出すニュアンスが違う。紙の上に記された文字は、文字の意味以上のものを想起させる」

 次に、感情の器としての働き。「本にある誰かの言葉、何かの物語に自分自身を照らし合わせることで、不思議と自分の感情と文字が混ざり合い、何かを説明してくれるような安心感を得ることが出来る」

 そして本の遅効性も挙げた。「即効性が重要視される現代において、本の中の言葉に耳を傾ける時間は、じわじわと確実に人の心に染み込み、時間の浪費以上の大切な時間となり得る」と。

 最後にブックディレクターである幅氏に対してだからこその質問。「学生という立場において読んで欲しい本は何ですか」

 少し考えた末、幅氏が推薦したのは『知識人99人の死に方』という本だった。いわゆる「素晴らしい」とされる人達は、最期の瞬間をどう迎えるのか。「死に様に生き様が表れる。学生という未だ先の長い立場を利用して、贅沢にも死に方を考えてみる。そうすることで、生き方を考えるきっかけにもなる」

 営業職は設けていないにも関わらず、幅氏のもとには絶えることなく仕事の依頼がくる。人を惹きつけて止まない幅氏プロデュースの本屋、本棚。そこには、何か自然と心惹かれる大きな力が存在するのだろう。

(曽塚円)