ラテン語のはなし―通読できるラテン語文法 大学1年生のとき、経済学部の必修科目のかたわらでギリシャ語の授業を履修した。ギリシャ哲学や文学に興味があったわけではなく、ローマ字とは違う文字に興味を覚えたためである。英語もろくにできなかった当時、希英辞典を引きながらどうやって授業についていったのか、思い返すだけで冷や汗ものであるが、それでも4年生のときにはギリシャ悲劇を読める(?)までになった。

一方、ラテン語のほうは学生時代から興味はあったが本格的に勉強するには到らなかった。しかし、塾のキャンパスではギリシャ語よりラテン語の方が優勢である。たとえば「ペンは剣よりも強し」というモットーは三田の図書館(旧館)奥のステンドグラスにラテン語で書かれているし、国道1号をはさんで東館を見上げればHOMO NEC VLLVS CVIQVAM PRAEPOSITVS NEC SVBDITVS CREATVRというラテン語が眼に入る。これは「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」のラテン語訳である。

英語の専門論文を読むようになると、ラテン語を目にする機会も多くなる。証明の終わりにQEDと書くのはいいとして、ceteris paribusとかmutatis mutandisと書かれるとちょっと戸惑うだろう。前者は「他の事情が等しいかぎり」という意味で、経済学では議論を単純化するためにしばしば課せられる仮定(もっとも、これがあるので経済予測は当たらないとも言われる)、後者は似たようなロジックを用いて論証を繰り返すときによく使われる「必要な変更を加えて」という意味である。

ただ、本格的に勉強しようとするとラテン語はなかなか敷居が高い。そこで、その準備というか案内として『ラテン語のはなし』(逸身喜一郎著、大修館書店)を紹介したい。本書は、ラテン語文法の大枠を示しつつ、英語でよく使われるラテン語の語句など身近な話題を豊富に取り上げているのが特徴である。少し前まで西欧の中等教育ではラテン語に重きがおかれており、今でも西欧の学問にラテン語がしばしば顔を出すので、ラテン語を勉強して損はない。

先日、三田演説館での名誉学位授与式に出席したところ、honoris causaという言葉が何度も使われた。ラテン語はまだまだ生きている。勉強に疲れたときの気分転換として本書をひもといてみてはどうだろうか。

須田伸一 経済学部教授。1961年東京生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業。1992年ペンシルヴェニア大学よりPh.D(経済学)取得。専門は理論経済学。著書に『内生的景気循環理論と金融政策』(三菱経済研究所)など。