東日本大震災発生当時、命は助かったがお金や仕事、生きるための手段や継続した食料の確保などに不安を抱え、助けを求められず絶望してしまう人は多くいた。そのような状況下で人々を救っていたのは、医者や看護師などの医療従事者のみならず、聞き取った被災者の悩みを法律をもとに解決する弁護士であった。慶大で「災害復興と法」などの講義を開講する岡本正弁護士は、内閣府への出向中に震災を経験した。「災害復興法学」の権威として活躍する岡本氏に災害復興とは何かについて聞いた。

岡本正弁護士

被災者の生活を守る「自然災害債務整理ガイドライン」

「東日本大地震直後、生活が脅かされてさまざまな悩みを抱えている人がおり、現行法では解決できないリーガル・ニーズが顕在化しました。中には、家が流され生活する場所がなくなってしまったにもかかわらず、家のローンは残り、仕事を失った状態で支払いができなくなってしまうという人もいました」と岡本氏。突然の災害で生活が一変し、どこに何の助けを求めれば良いのか分からず絶望してしまう人の話を聞き、解決に尽力していたのは弁護士たちだったそうだ。当時も現在も変わらず、法律上、債務を履行できるだけの財産がない国民には「破産」という手段が設けられていた。しかし、この制度は破産した人の今後の人生を大きく制限する制度でもある。自然災害によって理不尽に権利が奪われてしまう人々を救う為に、当時の弁護士たちは動いていたそうだ。その成果が現在の「自然災害債務整理ガイドライン」だ。「破産」とは異なり、信用情報登録を回避できるなど、被災者の健康な生活を守るための債務整理の新しい仕組みが作られたのだ。

「災害復興法学」の設立

制度ができたら全て解決とは行かないのも現実の難しいところだ。ガイドラインなど、人々を助ける制度があるにもかかわらず、その存在を知っている人は少ない。東日本大震災での経験から得た、当時の復興に向けた歴史や知恵を残すこと。その教育の場として大学が適切なのではないかと考えた岡本氏は、「災害復興法学」という新たな学問を設立し、慶大への授業の新設を持ちかけた。今後も大災害が起こると予測される日本で生活する私たちには、災害と復興にまつわる知識が必要不可欠だ。岡本氏は、災害復興法学を学ぶということは東日本大震災発生から復興までの知恵を継承し、被災後も健康に生きる知恵になる、と話す。地震に限らず、自然災害で困っている人を助ける手段の根拠は法律で定められている。「自然災害におけるリーガル・ニーズはどんな種類や規模の災害であっても、一人ひとりの置かれた困難に着目すれば変わりません。そうであるならば、過去の知見を応用することが大切になるはずです。だからこそ、事前に生活再建に必要な法制度の知識を身につける必要があるのです」。それでも解決できないニーズには、それに合わせて制度を変えていけばいいのだ、と岡本氏は語る。

東日本大震災という大災害において自分の立場でできることを考え抜いて行動した人間が、直接大規模災害の経験はないかもしれないがこれから社会に出て活躍が期待される学生に対し、災害復興法学を伝えることには意味がある、と岡本氏。災害復興法学では、「法律を学ぶ」だけではなく、災害が起きた実情を知り、具体的で生きた法律に基づく支援を学ぶ。法律的に物事を考える力は法学部の学生に限らず、全ての学生に必要な能力であり、どのような業界でも求められる思考力だ。災害復興法学を学ぶことは、知識や技術を学ぶだけでなく実務的な法律の役立ち方を知ることである。加えて、災害復興法学での学びは、有事の時、自らを守る武器となるだけでなく、困っている人に適切な助けの求め方を伝えられる人材をつくり出すことにも繋がる。

「人間の復興」

東日本大震災から12年が経過した今年は、関東大震災から100年の節目を迎える。岡本氏は、慶大でも教鞭をとっていた経済学者の福田徳三氏が関東大震災後に残した「人間の復興」という言葉を引用した。自然災害において、建造物などのみならず、人々の生活の再建こそが復興なのだ。誰もが被災者となる可能性のある私たちは、自然災害によって思いがけず絶望に陥らない為に、もしもの時であっても「健康」に生き抜くということについて今一度考えてみなければならない。本記事がより多くの慶大生が災害と復興について、自分ごととして考えるきっかけになることを願うばかりだ。

(太田小遥)